2012年5月23日水曜日

天草の教会は、静かな丘にあった。キリシタンの信仰を今に

オバマ温泉・富士屋さんから、天草へ向かった。日帰りの巡礼だった。天草には、3つの教会がある。本渡、大江、崎津。写真は大江教会です。ガルニエ神父(フランス人宣教師)が造った。私が初めて天草へ行ったのは、昭和32年(1957年)秋だった。ガルニエ神父の賄い男性は、茂助です。茂助の養子が、森口等さん。等さんから、ガルニエ神父の思い出を聞いた。「お前たちが、山へ行って、危険に会うたとき、カカ来てくれ、とオラブように、罪に落ちそうになったとき、天のカカ、来てくれと、頼むのじゃよ」「儲けても、いいが、チキリの目はゴマカスナ」「ヒトのものは、盗むなよ」。神父は分かりやすい言葉で説いた。ドイツとフランスが戦争をしたとき、「新聞はどうなっているか。フランスは大丈夫か」。フランスが無条件降伏する。等さんが「神父さま、お気の毒なことになりました」「ああ、負けたか」「いいえ、負けたことじゃありません。パリの有名な建物を破壊しないために、手をあげました」。その傍で、学校の生徒が「フランス、負けた」と、はしゃいで通った。神父は「この歳になって、恥かいた」と、オイオイ泣いたと、等さんは言った。昭和16年、太平洋戦争前に、ガルニエ神父、82歳で神に召された。あの森口等さんはどうなったであろうか。消息を聞くのを忘れた。