2017年8月21日月曜日

苦しみの必要性を、ミロハナ神父は教えてくれた

ある日の、廊下の窓から見える風景です。「夏だ、なあ」。平凡だが、そんな感じがします。いま私の手元に、薄い手帳がある。1954年、昭和29年、古い手帳です。いま8月だから、8月16日の処を開けてみた。ミロハナ神父と語る、と冒頭に書いてある。
★ミロハナ神父は語る。「苦しみが是非とも必要な論理的なわけを教えましょう。
★①天主様(その頃、神を、こう呼んだ)は正義です。罪を人々は楽しみによって犯し、天主様を侮辱する。それ故に、どうしても罪のつぐないのためには、楽しみの反対の苦しみによって補わなければならない。
★②罪びとは、自分の力で改心し得ない。「祈りたくない」「祈りたい」の心を与えるもの、それは恩寵です。この恩寵は他人の苦しみによって与えられる。私たちは苦しみの価値を知るよう祈らなければならない。
★③聖母に次のような恵みを祈ったらどうですか。すべて御身の御思召です。しかし長く生きながらえて多くの病苦を忍んで、十字架のキリスト様のようになって死ぬ。今の生活ではダメです。もっと、もっと、大きな苦しみを忍んで、死ぬ。この恵みです。
★④私たちは、ここで、かわいそうな人々を集めて、(心身障害者施設を創設した)彼らにイエズス様のことを聞かせて、子羊の如き平和な心を与えたい。
★⑤あなたが書いた原稿は、初めは苦しみを述べたものでしたが、後になって、苦しみを耐え忍びたいと書いてあった。よいことでした。これからも原稿を書いてください。ただ、御思召のままによいうことでね。人に説教するのは、これダメですよ。
★ミロハナ神父は、神学生のときに、コルベ神父から勧められ、ポーランドから長崎へ来た。コルベ神父から哲学・神学を教えられて、東京で、司祭に叙階された。コルベ神父に最も近く、神父から聖母の騎士を任されたと、信念を持って生涯に生かした。ミロハナ神父の、誰でも抱擁する心の優しさに魅力を感じる。
★ミロハナ神父が懐かしい。いま、このような話を直接聞かせてくれる司祭はいない。

2017年8月20日日曜日

何も出来ない自分。助けてください。手を伸べて

ホームに隣接する湯江教会。日曜日の1番ミサは、6時から、主にホームの信徒が祈ります。一般信徒のためには2番ミサ、9時から行なわれる。今日は、ミサ後、信徒の分かち合いがあるというので、2番ミサの終わり頃、教会へ行った。ミサが終わろうとしていた。その時に写した写真です。中央に司祭の後姿が見える。
★その後で、会議室に10数人が集って、今日、読まれた福音の中で読まれたひと言を、それぞれが発表した。私は、「主よ、助けてください」を述べた。そして次の説明をした。
★ホームに入って、3年目を迎える。振り返ってみて、一番の悲しみ、悔やむのは、入居してから、「人のために働いていない。尽くしていない。愛の実行をしていない。何も人に与える仕事をしていない」。何も行なっていない寂しさだと、述べた。
★この事は言わなかったが、長崎・聖コルベ館に居たときは、巡礼者や見学者のために手助けが出来た。教えたり、会話をしたり、お互いの交流の中で充足感があった。それらの他人に対する奉仕が、入居によって、いまは全く無くなった。それが寂しい。「主よ、助けてください」。入居したから、あなたは、何もしなくて、いいんだよ。日々元気で暮らせば、いいんですよ、そう思われるのが一番ツライ心境です。
★いまは自分で生きるのが懸命です。歩くにしても、以前は何も考えずに、自然に自由に歩いていたのに、その肝心な能力が失われつつあって、一歩、一歩、歩くのを、気にしたり、辛さを感じたり、そのことが自分の生活の課題にこそなっている。
★「主よ、助けてください」。今日は、福音の中から、その祈りを心から唱え、願いました。聖書に出てくるような弱い人間が、ここにも居ります。「手を伸ばして、助けてください、主よ」

2017年8月19日土曜日

夏、真っ盛り。かき氷屋さんが繁盛した。おいしい

いま、夏の真っ盛り。屋外は、暑い陽が照る。町では、冷たい物が繁盛する。「冷たい、冷たい、かき氷を食べたいね」。そんな気持ちになる。子どもの頃の思い出も湧き上がってくる。職員さんの手間かけた思いで、ホームでも実現した。「かき氷屋」さんが出店したのです。
★機械はちゃんとホームにある。四角の氷は、諫早の氷屋から求めた。四角い氷を台に載せて、ハンドルをクルクルまわす。氷に掛ける色は3つあります。赤に、青に、グリーンです。午後のひと時、食堂で行ないました。「どうしても、行って、食べたいよ。風物詩だから、ね」。「3バイ食べたよ」。好評でした。
★「トマさん、どの色にする?」「イチゴの赤だね」。やっぱり先ずは、イチゴ。それからレモンの緑。これが味を感じておいしかった。まさに、思いもかけぬ夏の風物詩だね。
★車椅子の女性が、かき氷を前に置いたまま、眠っている。この女性、眠る姿をよく見かける。教会でのロザリオでも、最後は、カラダを前のめりにして、心地よく眠っている。
★「がんばれ」「がんばって」。よく言う言葉です。「頑張らないと、いけない時もある。しかし、頑張れだけでは、あまり好まない。頑張れ、よりも、よかったですね。いいですね。眠っていても、いいですね」。そんなふうに、肯定してやりたいと思う。共感だよね。共に喜ぶ。共に痛みを感じる。共感が、いいと思います。

2017年8月18日金曜日

ホームに居ても修道士です。感じ、考え、祈る者です

朝のホームの廊下です。右側の窓から、陽の光がサンサンと輝く。ミサを終わって、6時半過ぎ、自室へ帰るときの廊下です。「ああ、きょうも、一日が、始まる」。同じ毎日だけれども、生きる意味はある。「変わりが無いのが一番の幸せです」と、いつも思う。
★朝食を終えて、早速、山梨の大きなブドウ(巨峰)を食べた。5個、6個と自分でも、食べすぎだよ、と健康のことを考える。残りは大事に冷蔵庫で冷やしている。
★初めて、午前中に、パソコンへ向かった。午後から月に1度の「ショッピング」がある。バスで、買い物に出かる。自由に動ける人が利用しており、10人余りになる。帰ると、ロザリオ。時間に追われるのを感じる。今日は、午後から、日記を書く時間が足りないだろうと予想した。
★憧れは、長崎・聖コルベ館に居て、修道服を着て座っておれば、巡礼・訪問者と多くの出会いがあるだろう。90歳になっても、100歳になっても続いて勤めれば、それが一番の幸せでと分かっている。そのまま幕を引きたいと思う。
★でも、ね。人間には歳と共に色々な事情が起こる。妨げもある。自由にならない。今はホームに居て、静かに、余生を暮らすしかないのです。ホームに居ても、修道士は忘れない。修道士って何者か? 修道士は神から呼ばれた者。神の愛、いのち、賛美を考える者。故人や、生者の幸福、世界の平和を祈る者と自ら言い聞かせる。

2017年8月17日木曜日

夫妻の目は、緑色。イノチの色。見ている御方がいる

ホームで人が集まる所は、エレヴェーターです。その前に介護詰所があり、その横に、陽の当たる明るい1間がある。春は見事な桜が観賞できるので「サクラの間」と呼んでいる。テラスがあって、1輪の「風車」が無心に廻っている。
★人の目に付かない所で、風に吹かれて廻っている。「良いことをしても、誰にも気付かれない」。そんな気がする。この風車から学ぶのは、誰にも気付かない良い話、隠れた愛の話、そんな心の温まるような話が知りたい。聞きたいと思う。言葉や難しい話は、もう、いいです。愛の実行、しかも人知れず、実行する話を見せてください。実践、実行、今は、言葉やお説教よりも、それを望みます。
★夫妻は、自宅の一室を増築して、ホームレスを受け入れて、部屋で、ゆっくりさせて、風呂に入れ、食事を与えて、1晩安らかに泊まっていただく。彼らが脱いだ衣類は異臭を放つので、奥さんが洗濯タライで、手洗い作業で丹念に汚れを落としている。その善業は夫妻以外に誰も知らない。夫妻が理解しあって、心から愛の好意を行なっている。その事実を聞いたとき、最初、信じられなかった。家族で、そんな愛の好意が可能なのか。しかも誰も知らない。きっかけは、奥さんが、中学生たちからホームレスが撲殺された事件に発すると言う。この実話は、生きている愛の実行として、キリスト者の実践として、心に深く刻まれ、消えることは、ない。「愛の実践集」はないものか。「人間に愛を持たせる。希望を持たせる。生きる価値、生きる力を持たせる。人は、生きているから、生きなければならないのだ」
★昨夜、携帯に、その夫妻から突然電話があった。思いもかけぬ電話だった。トマさんを励ましてくれた。慰めてくれた。それでトマはホームレスへの愛の好意を思い出したのだった。
★主人は、奥さんを、「緑のまなざし」を持っている、と言った。緑は、森の色、海の色。つまり、いのちの色なんです。いのちと、慈愛の色なんです、夫妻だけがお互い知り合っている目の色です。隠れた所から見ておられる御方も、目の色をご存知でしょう。

2017年8月16日水曜日

お盆休みの思い出は、ボーシと、巨大・巨峰だった

お盆の休みは終わった。誰も来ない。どこへも行かない。雨が降ったり、陽がつづいたり、そんな日で過ぎて行った。ホーム生活は単調だが、自分にも、小さな喜びと、慰めになることがあった。気持ちの良いことがあると嬉しい。
★1つは、ボーシを贈ってくれた女性がいた。早速、かぶって、「似合うでしょう」と、写真も入れてお礼の手紙を出した。ボーシは小さな衣料だが、高価な値段がついている。いつも帽子屋で、良いのを見つけると、かぶってみて、「これは、いいな」と購買力は高まるが、値札を見ると、直ぐあきらめて、もとに、そっと、戻す経験が何度か、ある。今度のボーシの贈り物は嬉しかった。今年の聖母被昇天の記念になる。
★もう1つは、山梨産のブドウ(巨峰)1箱、6個入りが着いた。贈り主は、5月の連休に、山梨から、バイクでホームに来た男性だった。ブドウは好物だから喜んだ。写真の右側は、スーパーで売っている上等の巨峰ブドウです。左側が送ってくれた巨大の巨峰ブドウです。とにかく見た瞬間、その大きさに、たまがった。(おどろいた)。こんなにも大きいブドウがあるんだな。初めて見たよ。食べてみて満足した。贈ってくれたバイクの男性とは、別れの際、玄関で、修道服を着て、本人と、バイクも入れて、記念写真を撮った。長崎は、22回目。バイクで来たのは、12回目。トマさんに会ったのは、5回目と言った。「なぜ、そんなに、ナガサキを?」「長崎には特に違ったところがある。それに魅せられ、気がついてみれば、この回数です」。人は何でも、一念固執すれば、何かが生まれてくるだろう。人生における、こだわり、体験こそが、その人の心の宝になる。

2017年8月15日火曜日

歳を重ねるごとに、キズや、係わり合いは、深くなる


今日は、幾つもの思いが重なる日でした。教会へ行くと、祭壇の横に白い台が置かれて、写真が飾られている。昨年の今頃から、この1年に亡くなったホームの人たちです。冥福を祈りました。写真、左は村山修道士さんと、大曾神父さまです。右側の写真は、祈るホームの人や湯江教会の信徒たちです。
★聖母の被昇天の祭日でもある。荘厳に祈りました。また終戦記念日でもある。戦争によって、沢山の命が失われた。今も戦争は続いている。また、お盆でもある。亡くなった先祖、家族のために祈りました。どうして人間は争い合うのか分かりません。解決は遠いでしょう。
★テレビでは、韓国は戦勝記念日で、また、また慰安婦の像が、バスの中でも座った姿で置かれて、他にも小さな慰安婦像が作られて、配られている。戦争は悲惨です。戦争を起こして、アジアを蹴散らした日本人は、アジアの皆さんに許しを願わなくてはならない。
★暗い話ばかりだけれども、私が2013年に韓国に行ったときに、こんな事があったのを思い起こした。韓国人の案内で、夜の、テグの「ルルドの聖母堂」の祈りの集いに参加したときです。言葉が分からないのを気にして、案内の大学教授が「さあ、もう行きましょうか?」とうながした。車のドアを開けて、車内に座った小崎修道士のそばへ、赤ん坊を抱えた若い母親が寄ってきて、子どもを差し出した。崔教授が言う。「祝福して、ほしい。願っています」。修道士はびっくりして、「なに?わたしに?」。母親の目が、うるんでいる。ためらいがあった。司祭でない。修道士が、祝福していいのか?」。「アボジ(父親の祝福)なら出来るかも」と瞬時に思い、幼子のヒタイに、十字を記した。「この子も、この母も、幸せになりますように」。願いを込めて祈った。ここに来れば、韓国も日本も、なかった。同じ人間として、カトリック者として、愛と平和になるように祈った。あの子は、あの母親は、元気にしているだろうか。

2017年8月14日月曜日

聖コルベの殉教の祭日。聖母の騎士で盛大にお祝い

聖母の騎士の創立者、聖マキシミリアン・マリア・コルベ神父が、大戦中、アウシュヴィッツ強制収容所において、死刑になった1人の父親のために身がわりとなって、餓死の地下室で殉教した祭日です。
★コルベ神父が何を教訓に与えてくれるでしょうか。先ず、①宣教への熱意です。「マリアを通してイエスへ」の信仰で、日本、インドまで福音宣教を行なった。
★次は②苦しみです。コルベ神父ほど苦しんだ人は居なかった。沢山の苦しみ、困難を経験したが、マリアへの揺るぎない信頼をもって、乗り越えた。肺や全身の病気、宣教の困難、修道士たちの反対、それらを受け取り奉献し、耐えて行った。
★③何と言っても無償の愛。「神から愛されたから、愛を返そう」。その基本で、1人の死刑者に家族が居る。自分はカトリック司祭で、家族は無い。では私が代わろう。聖書に「友のため命を捨てる、これ以上の愛はない」という言葉がある。コルベ神父は文字通り、聖書の中心になる部分を実践した。
★最後に、④人は如何に終焉を迎えるか。コルベ神父が望んだのは、マリアを通して、イエスの如く死にたいという熱烈な希望であった。その通り、彼は「裸」で、「我、渇く」といって、殉教した。まさにイエスの愛の死に倣う最後だった。
★湯江修道院からは、6人が参加した。司祭3人。修道士3人。瀧神父さまと私も仲間に入る。午前10時30分から、長崎・聖母の騎士教会で、ロザリオを唱える。その後、お祝いのミサが捧げられた。ミサが終わると、修道者は院の食堂に集まり、会食で親睦を固めた。休暇の人も居て、人数は少なかった。しかし集って、お互い語り合うのは、大きな喜びである。聖コルベの精神に倣う生き方を誓いながら別れた。ホームに帰ったのは、午後2時50分であった。


2017年8月13日日曜日

落ち度はあっても人生は宝。助けられて今も生きる

ホームの隣、湯江教会の祭壇の生け花です。
★自分の健康を考えるとき、歩くのに、バランスが定まらない。両ヒザの関節が痛み、歩行に困難を感じる。昨年から比べると、自分でも意識するほど、体力が落ちている。
★毎日、教会の祈り(寝る前の祈り)で、良心の反省を行なう。実のところ、何を反省すればいいのか、日々悩む。ウソを言うわけでもない。ケンカもしない。人をおとしめる言葉も吐かない。ミサや、ロザリオは唱えている。ホームという囲みの中での生活では、特別な事件は起こらない。その毎日の繰り返しがつづいている。
★被昇天の祭日を迎えるため、司祭に告解をするとき、何の罪を語るべきか、心に迷いを感じた。もちろん自分が聖人でないことは、百も承知している。それでも語るものが無いというのは、「本当の自分の正体を分かっていない」ことに気がついた。自分の心は真実に神に向かっているのか。祈りや黙想は充分なのか。むかし犯した落ち度を思い出して、反省するどころか、反対に快感を覚えることは、ないのか。生きていることは恵みではあるが、その恵みを充分に感謝し、愛に応えていない自分が居る。傲慢や、自己過信、信仰への疑い、など、まだ、まだ本当の自分に気がついていないことに実感する。この心境では、神の御前に出ることは出来るか。到底、出来ないだろう。だが神の愛は自分を見放さないと信じている。
★一方、反省し、悔やむだけでは、事は前に進まない。「喜べ」。いつも喜べ。苦難があっても喜べ。神は確かに自分に御心を掛けてくださる。神は弱い自分を導いてくださる。苦難があっても、神の助けで乗り越える。いつまでも、この苦難の状態がつづくと思うな。時は変わり、人も変わる。変わらないのは、オマエの喜び、神の恵みだけだ。
★生きているではないか。親しい友達たちが多く居たが、彼らは、もう、この世に居ない。だがオマエは生かされている。足が少々痛くても生かされている。目で美しい花が見れる。心に愛を感じることも出来る。笑いだって、ある。生きてきた人生は、はやり落ち度はあっても、自分の宝であったに違いない。そう信じて続けて生きたいと思う。
★人生に苦しみはある。生きている限り、当然だ。助けられて、励まされて、慰められて、ワタシは、今も生きる。うれしいよ。

2017年8月12日土曜日

ソーメン流し、スル、スル、食べて、魂も、清めた


数日前に、「ソーメン流し、しますか?」と食堂で、職員さんが皆さんに問うた。「ハイ、した方が、いいよ」。そこで今日の昼食は、ソーメン流しになったのだが、実際に職員さんたちが苦労して、流れる竹を準備しても、流れるソーメンにありついた人は、数人だった。殆どの人が身体上の都合で、食堂でソーメンを食べた。数人の希望者のためでも、若い職員さんたちは手を掛けて準備してくれる。その家族的な心が嬉しい。ホームの温かさがある。
★左側の写真、真ん中に居るのは瀧神父さんです。「トマ、早く食べれよ。私は、もう十分に食べたよ」。右側の写真、赤いタオルを首にかけているのは山内園長神父さんです。「うまか、ぞ。元気が出るな」と喜んで食べていた。
★ソーメンを食べ終わって食堂へ入ると、昼食が準備してあった。アンパン、串焼き、ブドウ、それに、たこ焼きです。栄養士さんが、「たこ焼き、どうですか?」と食堂内で勧めて周る。「結構、いけているね。たこ焼き、なくなっているよ」
★冷たいソーメンを、タレにつけて、「スル、スル」っと、食べるのは、日本の味だね。
★教会で、被昇天の祭日前の「告解(こっかい)」が有ります、と広告があった。長崎の教会では、昔から、復活祭の前と、被昇天祭の前、御降誕祭の前に、司祭に自分の罪を告白をする習慣がある。ソーメン流しも、いいですが、神に向かって、自分の魂の清算を行ない、汚れや弱さを流すのも信仰者として生きるためには必要でしょう。清い心で祭日を迎えたいと願います。

2017年8月11日金曜日

人と、人を、つなぐ、そこには、なにか神秘性がある

「トマさんのことば」を送った女性から手紙が来た。最近、読んだ手紙で、これほど感動的な手紙はなかった。
★自分は20年以上前に、「十七歳の夏」を読み、むかし教会で、トマさんの弁士で、「日本26聖人」の無声映画を見たことがある。少女の頃、身体が弱かったが、洗礼の恵みを受けた。
★その後、健康を回復して、結婚して、2男、2女に恵まれた。子供たちは、教会学校で学び、小1のときに洗礼を受けたが、主人だけが残されていた。でも家族思いのお父さんでした。
★主人は、心臓を病んで、苦しむようになった。そのとき、主人から、「洗礼を受けさせてほしい」と厚い願いがあった。どれほど喜び、神さまに感謝したことでしょう。神父さまにご相談して、病気は不具合のなか、教会で、家族と、親しい方々の援助を受けて、神さまのお恵みである洗礼を受けることが出来た。本当に幸せでした。その時の、主人の晴れ晴れとした顔が忘れられません。何度も入退院があり、22年に召されました。
★娘の1人が別の都会に、結婚して住み、お父さんが亡くなって以来、命日には必ず帰ってきて、家族で父のお墓参りを、この間、つづけて祈っています。娘が先に、「トマさんのことば」を貰っており、帰って来たとき、見せてくれたのが、その小さな本でした。手に取ると、むかしの思い出もあり、親しみを感じて、ぜひ私にも送ってくださいとお願いした次第です。
★「トマさんのことば」が生活の慰めになっています。トマさんに、夫のことを判っていただきたかったのです。心より神さまの慈しみをお祈り申し上げます。

2017年8月10日木曜日

天命を喜んで、うけ入れよ。人生には深い意味ある

「楽天知命」。天を楽しみ、命を知る、と読みます。中国、古代の言葉でしょう。その真意が、いい。「天命を喜んで、うけ入れる」。いまの心境にピッタリです。
★書道は正式に習ったことがない。ホームに書道の先生が来られるので、練習程度でお世話になっている。
★秋が近づいて、町でも「文化祭」が行なわれる時期になった。去年は、「千客万来」を出したところ、「奨励賞」を貰った。書道の先生が言われる。「今年は、これ書いてみたら、どうですか」。渡された手本の半紙が、「楽天知命」とあった。
★何と読むのだろう?そして意味は?
★瞬間、「天命を喜んで、うけ入れる」の言葉に心は動いた。いま、自分の心境は、これでは、ないのか、と思った。修道士として生きて来たこと、そのように行動してきたこと、我が天命として、迷うことなく、うけ入れる。しかも喜んでうけ入れる。それが自分の人生の幸せという生き方だ。まさに、その心境さを、この四つの文字を書いて心に留めたいと思う。
★原爆で突然、前触れも無く、孤児になった少年は、これから、どう生きるべきか。迷った。課題は山積する。家もなければ、銭もない。被爆者は世間から冷たい目で見られている。どう生きれば、いいのか。雨が降る中、びしょぬれの少年の足は、迷うことなく無言でポーランド人がいる聖母の騎士に向かっていた。
★玄関で、迎えてくれたのは、ゼノ修道士だった。「お姉さん、どう、しました?」。母が若く見えたので、ゼノさんは「お姉さん」と呼んだ。「原爆で、死にました」「かわいそうの、ヒト」。ゼノさんの青い目から涙がこぼれた。ゼノさんは、少年を応接間に待たせて、奥の部屋に消えて、院長のミロハナ神父を連れてきた。ミロハナ神父は万遍の笑みを浮かべて、濡れた少年をしっかりと抱きしめた。そのとき1人の少年は、「天命を喜んで、うけ入れた」のだった。そして、長い年月が経って、今が、ある。
★人生とは、自分の天命を、喜んで、うけ入れることだ。古代中国人は、人生を読み、心中を読んだ。人間という者を知っていた。
★先日、送られてきたメロンが、少しづつ昼食に出た。赤みがかったメロンだった。
★車椅子の女性たちが、ヒマワリの張り紙を作った。女性職員さんから、詰所に張りたいから、何か、いい言葉を書いて下さい、と頼まれた。そうは簡単に書けないよ。幾つか考えが浮かんだが、次の言葉を選んだ。「八月は祈りの月、先祖と、平和と、わが身の幸せを」。オマケに、「汗にまけるな」
★ヒマワリは、夏の暑さにも負けず、太陽に向かって、いつも顔をむけているからね。

2017年8月9日水曜日

苦労した母だったが、もっと甘えたかった。悲しい

長崎・原爆の日。母の命日でもある。爆心地から500mの岡町にあった、家も、母も、熱風で焼かれ、爆風で吹き飛ばされて、母ワサの遺体も見つけなかった。どこで死んだのか、あまりにも悲しい。45歳だった。「母ちゃん、行って、くるケン、な」。朝の別れが、最後となった。
★自分の人生は、家族的には幸せでなかった。7歳で、父・松吉は病死。17歳で、母ワサが原爆死した。兄弟姉妹はいない。この日、自分は全くの孤児となった。
★それにしても、よくぞ原爆を生き抜いたと思う。原爆を聞いて、県内外の町から家族や親戚を探しに来て、2日3日と探して、自分の町に帰った人がふしぎに次々に死んだ。「放射能」の影響だった。沢山の人が亡くなっている。それを思うと、自分は被爆の丘で18日間も生活し、雨風にも打たれ、飲食し、被爆者を介抱、死体を焼いたのに、自分には「放射能」の影響は僅かで生き残った。
★なぜ自分は生きたのか。海軍・魚雷爆弾・製作工場で働く工員だった。工場は24時間の稼動で、昼勤と、夜勤があった。1週間の交代で、原爆の週は、昼間の勤務になっていた。その事が、生と死を分けた。もし夜の勤務に当たっていたら、家で眠っていたであろう。母と運命を共にした訳だ。幸い、今も生きている。生きる不思議さを感じている。
★今朝、湯江教会のミサで、「トマ田川松吉。クララ田川ワサ。原爆死した親戚のため」、追悼のミサを捧げていただいた。父の思い出はない。母には、甘えて育った。母を思うとき、精肉店を切り盛りする姿、米や野菜を背負う姿、玄米を一升瓶に入れて、棒で突く姿、カリエス・結核で苦しむ子供を癒そうと努力する姿が次々に連想される。
★「お母さんと、楽しく、暮らしかったよ」「原爆が憎い。戦争が恨めしい」「なぜ早く戦争を止めなかったのか」「核実験を繰り返す国がある。恐ろしい」。原爆の丘で書いたメモの日記。その頃から、書くクセがあった。原爆死した、すべての人の冥福を祈る日となった。

2017年8月8日火曜日

失った物があるだろう。もう1度見つけてみよう

大きな箱に、目を見張るような巨大な「メロン」が届いた。長崎では、メロンは珍しい。高級な有り難い贈り物です。送り先を確認すると、知らない名前の女性だった。多分、本のお礼と予想した。宛名紙を大事にはがして、メロンは炊事場の栄養士さんへ渡した。
★宛名紙に、電話番号が記されていた。早速、電話をかける。お礼を申すつもりだった。しかし電話は出なかった。夕方になって、再び電話をかけてお礼を言おうと、はがした宛名紙を探したら、紙がない。手元に置いてあったのに、「え?どこへ、紛れ込んだのか」。探しても、探しても、やっきになって、見つけたが、全く紙は出て来ない。贈り主の名前も、住所も全く分からない。お礼の電話を先ずは掛けたいのに、と気持ちは、あせるばかりであった。
★ふと気がついた。「そうだ、最初にかけた携帯に番号が残っているはずだ」。やっぱり携帯に番号があった。その時の安堵感は言い知れない。「嬉しさ。安心。よかったな」。夕方になって電話をかける。名前も知らない、住所も知らない、暗中模索だよ。何とかお名前を聞き出した。ヒア汗ものだった。
★女性は言った。「『トマさんのことば』のお礼に送りました」「ブログは読んでいますか?」「読んでおりません。お友達が頼んで、送って頂いたのです」「小崎に会ったことは、ありますか」。ありません、の返事だった。
★昨日、その女性から、短い手紙が届いた。幸い、住所も分かった。お礼のお手紙を書こうと思う。今朝になって、何と、紙と紙に挟まった、思いがけない場所から宛名紙が出てきた。今日は思った。「失った物があるだろう。もう1度探してみよう。人生に大事な物もあるはずだ」。いま、自分で、苦笑している。

2017年8月7日月曜日

誕生会で踊った女子職員さん。優しさ、奉仕、愛

お世話になっています。ホームの女子職員さんたちです。明るく、元気で、奉仕のお勤めを果たして居られます。ホームには動けない人が多いので、介護も大変です。人と人の関係ですから、お互いに理解しながら、生活するしかありません。与えられたイノチは、大切なその人の人生です。
★人は1人では生きられない。助けられて、介護を受けて、こちらからは感謝と、ほほ笑みを返して、喜びのなかに生きなければでしょう。人は、どんな状態になっても、「生きる意味」はあります。「あなたが居なくなれば悲しむ人がいるよ」。そういう気持ちで暮らしています。
★午後から担当の職員さんの運転で買い物に出かけました。登明日記のファイルも3年目に入ると、かさばってきます。白い棚を買いました。フアイルも注文して、揃えたいと思います。日記を書くのは、自分のためでもある。ボケないように、文章を書いて、まとめて、時には「オチ」を入れて、そんな書き方が出来ると自分でも楽しいです。

2017年8月6日日曜日

「歩行車」を初めて、手に持つ。記念すべき日か、な

「歩行車・シンフォニー」という機械を買いました。2万6千円かかりました。使用してみると、歩行にとても便利です。軽く歩ける。早く歩ける。ヒザにかかるダメージが少ないです。今日から使い始めました。早めの対策です。これからは器具のお世話になります。「あれ?もう、それ使うの?」。皆さんは興味深々。いろんな感想がありました。
★「ニンゲンって、体力は、登って行くか、平行で行くか、落ち目になるか、三法しか、ないんだよ」。特に歳をとれば、平行であるのが幸いです。かわらないことだよ。
★遠い、遠い、どこからの世界から、1つのイノチが飛んで来て、この地球にこびりついて、1つのイノチが生まれた。このイノチは成長して、殆ど、「修道服」を着た、長い人生を送った。
★イノチの花は咲いたが、どういうわけか、表は良くても、裏は汚れや、弱さがある。イノチを生きるとは、その戦いでもあった。やがて歳をとり、イノチはやがて枯れて、木の葉のように軽くなって、小さくなって、小粒になって、最後は、イノチに戻って、また遠い、遠い、どこかへと飛んで行く、それが誰もが辿るジンセイではないか、今朝は教会で、ミサの前に、そんなことを、ぼんやりと考えた。
★ミサが終わって、歩行車を取って、通りがかりの職員さんに写してもらったのが、この写真です。歩行車があると、スイ、スイと、歩けます。まだ人生は開けるぞ。希望を持って、夢持って、前向きに歩行車で歩いて行こう。
★聖マキシミリアン・マリア・コルベの祭日は、8月14日です。湯江教会では、祭日の前の9日間の祈りが始まりました。聖コルベを慕う皆さんは、短い祈りを決めて、祭日までお祈りをつづけることをお勧めします。
★今日は、歩行の記念日になりました。

2017年8月5日土曜日

8月生まれの誕生会。いつまでのお元気で長生きして

月の初めの土曜日、昼食は「誕生会」です。8月に生まれた人を一緒にお祝いします。今月は1つの特徴があった。それは大曾昭神父さまの誕生祝い、90歳になった。一方、入江敏行さんの誕生お祝い、彼は92歳になった。大曾神父さま、おめでとう。入江さん、おめでとう。お2人とも、いつまでもお元気で居てください。大曾神父さまは、愛知県の春日井教会から入居されて、本当に、職員さんから大切に看護され、介護され、皆さんと一緒に食事をしますが、出された料理は全部食べて、いつまでも若さを保っています。一方、入江さんは、ホームの重鎮です。熱心に亡き奥さんのため、家族のため、五島の集落の人々のため、ミサに、ロザリオにと、祈っています。まだ、まだ元気はある。だが最近は入浴しても、トマの背中を洗ってくれなくなった。寂しいよ。入り江さんの力強いパワーをもらいたい。
★さて、誕生会の楽しみは、職員さんたちの出し物です。今日はちょっと変わっていた。ハッピを着た女子職員さん、7、8人が、いきなり音楽に合わせて踊りだした。「何の踊りですか?」「ドラえもん音頭です」。手並みも、スイ、スイ、踊りまくりました。

2017年8月4日金曜日

「トマさんのことば」編集・若者に聖コルベ館で会う

久しぶりの再会でした。嬉しいです。新しい仕事のもくろみも、ありました。これもご縁でしょう。こんなことは、めったに起きない。生涯に1度しかない出会いです。
★朝からホームに、野々村哲さんがに迎えにきた。長崎・聖母の騎士、聖コルベ館へ向かう。塩沢美樹さんが、上五島から1番便の高速船で長崎港に着いた、その足で彼女は、昼食の買い物をして、聖コルベ館で落ち合った。
★思えば、たった「十五秒の出会い」で、奇跡的にも『トマさんのことば』が出版されて、反響は好評であった。本当に、出して良かったねと、3人で喜んだ。先ず写真を撮ろう、それが定番の場所での写真です。
★2人に来てもらった理由は、1つの仕事を考えての意味があった。1965年頃から、個人では持てないカメラを、騎士誌の編集を理由に写真を撮り始めた。「カトリック・グラフ」の編集写真もある。聖コルベ館の資料室の棚に、全巻、56冊の写真フィルム・ファイルがある。写真に興味がある野々宮哲さんが、小崎さんが撮影した写真を収集したいと意見を出した。
★「フイルム・スキャナー」を買いました。ネガ・フイルムをスキャンして、デジタル・データーに変換します。資料室の写真保存にとっても幸いなことです。パソコンに保存も出来るし、プリンターで印刷も可能になる。ありがたいことです。
★56冊の写真をスキャナして、その中から、小崎さんの写真をまとめたいと、野々村哲さんは言う。今日は、その作業に取り掛かりました。
★お昼は、楽しく応接室で、準備した豪華な昼食をいただいた。作業は3時までつづけた。ホームへの帰りは、修道院の松下修道士の運転の車でお世話になる。ホームに着いたのは午後4時15分でした。
★野々村哲さん、塩沢美樹さんのお陰で、違った雰囲気で、楽しい一日を過ごしました。作業は、どうなるか、見守っていきましょう。

2017年8月3日木曜日

笑顔が2つ。困難が来ても、喜ぼう。「喜びなさい」

納涼祭のときに、ほほ笑み、喜び、笑いがあったから撮った写真です。デジカメを持って、沢山の人を見渡しながら、シスターを見つけて、寄って、撮りました。名前は知りません。納涼祭だから、ブログに載せてもいいでしょう。
★お互いに神さまにお捧げした身、最後まで奉献生活を尽くしましょうね。それ以外に何もありません。若くても、神さま。老いても神さま。道は1つです。疑いはありません。迷いもありません。日々、人のため、マリアさまの騎士として、勇敢に悪と戦いつづけましょう。言わなくても知っているのです。ただ、時々、怠けをすることが、あるだけです。そんな時は、ごめんなさい。そして、また進もう。
★他者に伝えるのは、喜びです。福音とは「喜びの訪れ」です。聖書にも書いてある。「喜びなさい」「喜べ」。本当のものを持っておれば、それが「喜び」になるのです。老いたる者は、もう言葉で宣教は出来ません。生きている姿で、乗り越えて行く背中で、見てほしいです。苦難があっても、何とか耐えてきたよ。落ち度があっても、何とか、また、もとの道に戻ってきたよ。人生って、それの繰り返しです。神さまは、お許しくださると思います。
★神さまは、生きのいい魚と、腐れかかった魚を選り分ける、と今朝のミサの聖書にあった。生きのいい魚になるのが、喜びなんです。シスター、写真を載せてごめんなさい。でも、結構、いい写真だよ。本当に喜んでいるしね。人と人に会うのが嬉しいんだね。

2017年8月2日水曜日

元気なのがイチバン。心も、カラダも、成長してね

納涼祭のときの少女たちの踊りでした。日々、お年寄りばかり見ている目には、時には明るくて、希望があって、元気で、マジメさもある一団に接すると、見ていて楽しいよ。自分も、そういう若返りの気持ちで、日々を過ごしたいと思う。
★今日は朝から、長崎のクリニックの診察予約の日でした。8時に高原修道士の運転で出発するので、朝食は隣の修道院で食べました。クリニックまでは、朝の時間帯で、約1時間ほどかかる。診察はどうも気が重いです。最近は、歩けなくなったのが心配です。からだが、真っ直ぐに進まない。ふらつく時もある。薬の加減ではないかと思っている。ホームに帰ったのは、昼食前でした。途中で、外食も出きるが、ホームの食事が、いい。「ハヤシ・ライス」でした。栄養士さんがささやいた。「ハヤシ・ライス、好きでしょう」「好きです」
★今日は、フランシスコ修道会のお祝い日でした。イタリア・アシジにある「天使の聖マリア大聖堂・サンタ・マリア・デリ・アンゼェリ大聖堂・ポルチゥンクラ教会」の祝日でした。絵の右側にある小さな教会が、聖フランシスコが建てた小聖堂で、この小聖堂を大きな大聖堂が覆って守っているのです。参詣した思い出のある大聖堂です。

2017年8月1日火曜日

入江さんの誕生日。92歳。仲間で長寿を喜び祝う

朝食のとき、職員さんに言いました。「今日のお昼ご飯は、いりません」。昼食は、隣町の「大橋」店で、入江さんの誕生会を祝いました。長生きするよう願いました。
★写真は、左から、入江さん、瀧神父さま、トマ修道士、浜田神父さま、写っていないが、高原修道士、2人のホームの女性が会食を楽しんだ。92歳の高齢だよ。それでも、しっかりとした足取りで歩く。まだまだ生きますよ。ゆっくりと、お酒と、ウナギを楽しんだ。
★本人が口ぐせのように言うのは、愛する奥さんを亡くして、桜井神父さまに相談すると、小崎がホームに居るから、そこへ行きなさい。何も知らずに来た。来てみて、おどろいた。ホームの元・園長、初田神父も、川渕神父も、大曾神父も、みな知っている人、一緒に学んだ人たちじゃないか。隣の修道院の浜田神父とは、魚釣りで、仲間になる。ホームは、こういう場所だと来て見て、初めて知った。安心したよ。
★入江さんは、毎朝、6時のミサ、午後のロザリオに参加して、家族や、奥さんのため、また孫が東京芸大の先生になったので、かわいい孫の将来のため熱心に祈っている。祈りが入江さんの人生です。それに、夜、寝る前に、ちょっぴり飲むお酒も入っている。
『トマさんのことば』。お例文⑰兵庫県、澄男神父さま。「御本はとても美しく、魅力的にできていて、一つ一つのおことば、一枚一枚のお写真が温かく味わい深く感じられます。大きさも手頃ですので、手さげ鞄に入れて持ち歩きたいと思います」

2017年7月31日月曜日

純粋な男の子の精力的なチカラ。無心が体内から光る

昨日の「納涼会」の出し物で、特に目を引いた子供がいた。それが写真の左側の子です。3人とも懸命に叩いているのだが、手前の子の表情は全く違う。私は、それを見すえたのです。終わるまで、この子を見ておりました。
★しばらく観察していると、様々な事が私の中に噴出してくる。自分の持てる力を全部出し切って、無心にバチを動かしている子供。「言われた通りに、動いている」「手加減、しようと、思わない」「困難に、負ける心も、ない」。この子を観察していると、子供って、本当に、汚れなく、純粋ですよ。「子供のように成らなければ、神の国には入れない」。よく、分かります。見ていて、可愛いじゃないですか。自分の任務を懸命に遂行する。心の中に、余分なものは一切ない。体型も崩さず、最後まで頑張りました。こういう場面に遭遇すると、心は本当に癒されます。
★傾聴ボランチアの女性がきた。毎月、1度来ている。もう6度目になる。老人は、子供と違って、汚れや、傲慢や、駆け引きが多いね。まあ、話は、からだの調子が不具合なことから始めました。老人は弱いよ。これから先、どうなるかの不安もある。
★女性は、何でも辛抱して聞いてくれる。彼女は、意見は一切しない。話が途切れないように、こちらは次々と語りつづける。文句が多いね。あの太鼓の坊やに比べれば、恥ずかしいよ。「罪のない者から、石を投げ打て」と主は言われた。年寄りから、1人、1人と、立ち去った。聖書の物語は真実を表している。
★朝から入浴した。入江さんも、キリエさんも居なかった。1人で入った。入江さんは明日が誕生日です。大正14年に生まれた。92歳になる。おめでとう、を申したい。
『トマさんのことば』。お例文⑯埼玉県、美津子さん。「母の死をきっかけにごミサに与るようになり、十年前に洗礼を授けていただきました。もし、信仰を持つことが無かったならば「ふしぎなこと」に気づかずに暮らしていたかもしれません。ブログを通して、また「トマさんのことば」を通して、私はたくさんの影響を受けています。宣教という言葉の意味が、やっと分かった様な気がしています」

2017年7月30日日曜日

納涼会。太鼓に踊りに、料理、カラオケ。盛り上った

7月の終わりに行なわれる、恒例の納涼会。楽しみにしています。芝生の庭に、ヤグラが組まれて、夕方、景気づけに太鼓の演奏から始まった。肝の底を揺るがす高音の音。「池に飼っていたフナ魚が、びっくりしたのか、エサを食べなくなった」と女性がつやいていた。見事な太鼓だったよ。
★ホームの者ばかりではない。知らない人が殆ど。近隣、地元の子供さんや大人、誰が誰やら、わからない程の人が集った。代わる代わる踊りがあり、カラオケがあり、ハーモニカも聞こえる。それは、それは、騒がしいといったら、盛り上がりを示していた。
★もちろん料理もある。バイキング形式で、食べたり、飲んだり、これも楽しい。スダレで屋根を作って、焼き肉屋、串焼き屋、カレーライス屋、アイス氷屋の店も繁盛していた。職員は黄色いシャツを着て、目につくようにしていた。ニコニコ顔で、愛嬌がいいよ。みんな楽しいんだね.
★踊りで、2人連れ、黄色いスカートを履いた女性は、「あれ、顔、知っているよ」と思えば、調理場の栄養士さんでした。多彩な趣味をお持ちです。
★夜も暗く掛けて、盆踊りが始まった。夏の暑さを吹き飛ばす踊りでした。最後は、バンザイ・三唱だよね。
『トマさんのことば』。お例文⑮福岡県、雪義さん。「そばに置いていて手に取りやすく、短い言葉の中に過ぎし日を振り返って考え、反省するのに私にとっては大切な本の一冊となりました」

2017年7月29日土曜日

沖縄からマンゴが届いた。美しい海、果物、忘れない

沖縄の中部に「泡瀬」がある。毎年、泡瀬の女性が「マンゴ」を贈ってくださる。届くのが楽しみになった。沖縄には何度も行っているので、思い出も数々ある。
★ちょうど10年前になる。私は、稲国助祭の運転で、泡瀬を訪ねた。沖縄の泡瀬といえば、著名なクララ稲国先生の場所である。私が訪ねたとき、クララ先生は、2ヶ月ほど前に故人となられていた。95歳だった。
★泡瀬教会を訪問のときは、教会の信徒会長の長峯文子さんが、10人程の信徒を集めてくださった。「聖母の騎士の修道士が来たから、話題を提供しよう」。集った信徒の方々から、教会にまつわる話や、クララ先生の思い出、信者たちの苦労話など、信仰の話に花が咲いて、笑いや喜びのなかで楽しんだ。その頃から、文子さんが、マンゴを贈ってくれるようになった。だからマンゴには、長い歴史がある。感謝も一杯です。
★クララ稲国先生といえば、すぐ思い出す言葉がある。「悪口、言われて、あたりまえ。失敗しても、ありのまま」。クララ先生の生き方を示す言葉です。
★今朝、長峯さんに電話でお礼を申した。長峯さんは、カトリック小学校を20数年勤めて、この春、退職されたという。その後、ルルドや、ファチマ、スペインの有名なコンポステラなど巡礼の旅に出かけられたと楽しそうに話していた。自分の経験から「足が達者なうちに、巡礼や、旅行を楽しんだら、いいですよ」と勧めておいた。
★沖縄のカトリック小学校は、毎年、修学旅行で長崎へ来て、聖母の騎士にも巡礼していた。だから特に親しみを感じている。
★マンゴを見ると、もう1回、沖縄の海へ行きたい望みにかられる。大きく両手を伸ばして、胸一杯に沖縄の空気を吸いたい。美しい海に、砂浜。広い青空、その中に入れば、萎縮した心も、魂も、よみがえるだろう。
『トマさんのことば。お例文⑭』鳥取県、みどりさん。「素晴らしい表紙に先ず目が行きます。不思議のメダイと十字架に心が吸い寄せられました。本河内のルルドの聖母も。これらが小崎修道士の人生の全てであるということが示唆されています。トマさんを大切に思う人々に囲まれて、私は「幸せな方」だと思いました。どうか長生きされて、ブログをお続けくださり、私たちを励ましてください」

2017年7月28日金曜日

セミよ、ひと夏のイノチだ。幸せに飛んで行けよ

「何だか、わかりますか?」。私より先輩の、足腰がしっかりしている女性が、部屋も遠いのに、「けさ、網戸に、かかっていた」と、大事そうに持ってきた。
★「セミだ、な。小さいな。生まれたばかりだよ」。女性は部屋を出て去った。「写真を、撮ろう」
★1ピキの小さなセミを、観察して、子供の頃を思い出しながら、語りかけた。けさ、生まれたんだろう。7年間も、土の中に、ジーッとして、生まれたかと思うと、今年の夏で終わってしまう。なんて、はかないイノチなんだろう。どうして、そういう自然形態を神は創造したのだろう。
★日野原先生は、105歳まで生きられた。ホームで長寿は104歳だった。セルギウス修道士は103歳まで生きた。人間が生きる限度だ。それを思うと、イジメで、学校の子供が自殺して、自分の命を失うのは本当に悲しい。何度も最近はその事実を思い出す。(前にも書いたと思うが)20代、30代、人生の大きな夢があるのに、僅かなイノチで、我が身を失うのは真に心が痛みます。
★ホームに入って、2年9ヶ月になる。ここ、1ヶ月ほど前から、からだの調子が不具合に感じる。歩けない。真っ直ぐに歩けない。足も痛い。尋常じゃないと感じた。事務所に頼んで、「押し車」を注文した。ショックだよ。もう、こんなハメになったのか。長生きしても苦しみが多い。
★セミは、ミンミン・ゼミというそうだ。写真を撮った後、ガラス戸を開けて、サッシも開けて、紙を上にあげたら、「バタ、バタ」とトンで去った。今年の夏は幸せになれよ。
★『トマさんのことば』。お礼文⑬大分県、恵理子さん。「『トマさんのことば』ありがとうございました。楽しみに待っていたので、大変嬉しかったです。野々村さんと塩沢さん、本当に出会いは神の恵みですね。49ページのトマさんの祭壇に向かう後ろ姿。この『トマさんのことば』を語っているように感じました。これからも私も主の十字架を眺めながら、自分の十字架を担って歩きます。トマさん、心からジンクーエン」

2017年7月27日木曜日

きょうの昼食は、おいしい「ぶっかけ」ウドンでした

きょうの昼食のメニューです。ごはん少々に、ぶっかけ・うどん、出し巻きタマゴ、それにスイカでした。「ぶっかけ」なんて、呼び名が面白いわね。おいしい食事でした。
★調理の献立を作ってくださるのが、勤続30年のこの女性です。栄養士さんでもある。利用者のキライなものや、病院からの診療を生かしながら、食べさせてもらっています。食は健康の元なり、と言います。ホームに長生きする人が多いのは、栄養士さんのお陰でしょう。感謝しています。これからも、よろしくお頼みしますよ。最近は、湯江教会の祭壇の生け花も飾ってくれる。こうした人たち、職員1人1人のチカラが集って、ホームが成り立っているのでしょう。
『トマさんのことば』。お礼文⑫茨城県、まゆみさん。「可愛らしい本ですね。手触りも表紙の写真も文字の形も、そして何よりフランシスコ園に移ってからの小崎さんの笑顔の写真がいくつもあって、うれしいです。小崎さんのお母様の写真もあって、この本を抱いて眠ったら、私も母の夢が見られるような気がします。裏表紙の、命をつなぐ、そんな気持ち という文字を見ていると、私も自分の人生大事に生きなきゃと思います」

2017年7月26日水曜日

苦しみから、恵みを探すのは、とても難しい、と彼

きのう、フランスから来た男性ジャムさんは、聖コルベ館で一杯の飲み物を頂いた。体調を崩して、ホームに入ったとブログで読んだ。「お祈りしました。今回の長崎への旅で、恩返しをしようと来ました」
★喜んで彼ジャムさんを迎えたが、彼の奥さんが難病で苦しみ、亡くなられたと聞いて、私の胸はキツク痛んだ。奥さんとは日本で知り合って、フランスで結婚式をあげて、2人の子供も恵まれた。幸せの絶頂にあった家族だった。それが突然、襲ってきた難病。なぜ人には、とてつもない試練や苦悩が与えられるのか。我々には分からない。奥さんはキリスト信者ではなかった。子供たちは幼児洗礼を受けていた。
★彼は言う。「病気になって、ある日、秋、会社から病院へ行くと、妻が、神父さまに会いたいと突然に言うのです。カトリックの洗礼を受けたい。すぐに司祭を呼びました。妻は言います。死が怖くならないように。神さまの御傍に行きたい。洗礼を受けるため、霊名は何にしよう?少しの時間、考えよう。しかし妻は即座に言ったんです。マリア、です。わたしは、マリアです。ちょうど5年前の、2012年7月24日に神に召される。享年50。若かりし死であった。結婚生活、22年。いろんな思い出があるだろう。一昨日が命日だった。彼はただ1人で、聖母の騎士のルルドでマリアのために祈った。そういう話を聞かされると胸が締め付けられるよ。
★彼ジャムさんは、フランスの西南にある一番大きな町に住んでいる。ルルドまで車で2時間ほどで行ける。「小崎さんにもルルドのお水を送りますからね」と約束してくれた。
★奥さんが亡くなって、5年。まだ、まだ心の整理はついていない。「神さま、これ以上、何を望みますか?」。いま考えていることは、「教会のため、奉仕したい、それです」。この間、100人の男女青少年を集めて、自転車で、5日間走ります。司祭もシスターもいる。何回か休んで、司祭の話がある。夜はテントで眠ります。17年目を迎える。「山にも耐える自転車巡礼」です。実行して信仰を固めました。
★「苦しみから、恵みを探すのは、難しい」。これは彼の言葉だ。「日本を廻って、何を感じますか?」と私が聞いてみた。「やさしさ、です。おもてなし、かな。素直ですよ」「素直って?」「すなお。悪いことを考えていないことです。人は、規則があれば、守らない知恵を考える。チャンスがあればドロボウになる。そういう人や、国には、なりたくない。平和の世の中で、有りたい」
★彼ジャムさんの奥さん、「マリア」のために、祈ってください。
『トマさんのことば』。お礼文⑪茨城県、みふみさん。「全てのお言葉が金剛石のような輝きにあふれるお言葉ですが、まだまだ『あ、あのお言葉は?』というお言葉がたくさんございます。どうぞ第2集(もっと続くと思います)を心待ちにしております」

2017年7月25日火曜日

フランス人が訪ねてきた。心と心をつなぐのは笑顔

きのう、電話があった。「ホームに面会に来たい」という。「遠いんだよ。何しに来るの?」。しかも、フランス人。「3年前の夏休みに、聖コルベ館へ行った。小崎さんは、ちょうど出かける所で、短い間でしたが、ご親切に、冷たい飲み物を一杯下さいました。それでお会いしたいです」。聖書の話じゃないが、それは、それは、ご苦労さん。
★そして、やって来たのが、この男性です。ジャム・ブリュノさん、47歳。最初の私の問いかけは、「なぜ私を訪ねて来るのか?」です。フランス人は答えた。「フランスの人は、アウシュヴィッツで命を捧げたコルベ神父のことは良く知っている。コルベ神父さまが日本へ行ったことは誰も知らない。司祭も知らない」。続いて、「聖フランシスコ・ザビエルと同じ考えです。宣教に挑戦した。自分の命を捨ててまで、キリスト教を守り通した。自分の命より、死んだ後の皆さんの魂が大事です。生きている人と死んだ人とつなげている。小崎さんの『長崎のコルベ神父』を読みました。いまは『信仰の出会い旅』を読む。サインして下さい」。彼の話に感動する。
★彼は、エンジニア。28年前、夏休みに1ヶ月、長崎の外語短大で日本語を始めた。仕事の都合上で、3年間と、4年間と、日本で暮らしたこともあるので、日本語は達者だ。3年前にも来た。仕事柄、各国を廻っている。彼は言う。「世界をまわって人と出会う。心と心をつなぐ」「つなぐためには、何が必要ですか?」。彼は即刻、答えた。「エガオ、ですね。笑顔は心の窓口です。笑顔をつくるためには、心の有余が必要です」
★奥さんは日本人。子供は2人。奥さんは筋肉と神経が衰える難病に罹り、5年前に亡くなった。「昨日が命日でした。聖母の騎士のルルドで祈りました」。様々な経験をしている彼の話は、まだ続きそうだ。
『トマさんのことば』。お礼文⑩千葉、ひさのさん。「トマさんの蘇鉄の前の写真、とても自然で後方の雲の動きも感じられます。『前に進む力を失うな。自分らしく生きよ』ここにくるとしばらくとまり、二、三回くり返し「ハイ」と自然に声がでてきます」