2015年10月31日土曜日

お花が届いた。黒崎教会で、明日、お祝いがある

突然、リッパなお花が届いた。自室に飾っていたが、明日は、諸聖人の祭日なので、湯江教会の祭壇に置くことにした。金祝のお祝いのお花だった。贈ってくださって、ありがとう。
★いよいよ明日は、外海の黒崎教会で修道士の誓願金祝をお祝いしてもらえる日になった。修道会では、9月5日にお祝いが行なわれたが、黒崎出身者のお祝いということで、招かれて祝賀会が行なわれる。ありがたい、お恵みです。
★黒崎教会は、赤レンガ造りの教会で、毎日のように、観光・見学者が多く訪れている。父親は、この地で生まれ、結婚して、北朝鮮へ出稼ぎに出て、現地で、病気のため亡くなった。北朝鮮の土になった。いま、その墓はどうなっているのか、気がかりである。1度はお墓参りしたいのが念願だった。叶っていない。父親も寂しかろう。黒崎の地が懐かしかろう。父は、7歳のとき死んだから、記憶はほとんどない。明日は、父を思いながら、祈りたい。祝賀会に参加したい。そう思っています。

2015年10月30日金曜日

継続は、チカラなり。人格と、人格の触れ合いが大切

理髪店さんへお世話になった。黒崎教会で、金祝の祝賀会を控えての整髪だった。ホームから高原さんが送ってくれた。ていねいに、丁寧に、髪を整え、ひげも剃ってくれる。マッサージ機まで、かけてくれる。1時間以上は、かかった。ポツリ、ポツリと話も交わした。この理髪屋さんは、自分の代で、平成元年から、毎月、ホームに通っているという。「継続は、チカラなり」とは、このことだと思った。27年とは、長い期間になる。「その前は、親父さんが行っていたから・・・」更に、長い。
★長く勤める事が、良い証拠だ。最近は新聞にも、介護施設が採り上げられ、決め方の方法などが載っている。1年の間に、職員が次々に辞めていくとか、笑いがない、上からの目線、ひどくなるとイジメもあるなど、施設の内容の判断基準になると、読んだ。つまり人格と、人格の触れ合いは大切です。
★理髪店さんの隣は、タクシー。帰りは、これを利用した。

2015年10月29日木曜日

パパさまの御祝福。イタリアの李神父さん、ありがとう

教皇フランシスコさまの御祝福。イタリア・アシジに在住の李信衡神父さんが送ってくれた。「金祝、おめでとう。遠いアシジにいる私が、今回、金祝を迎える兄弟たちに出来ることは、ローマに行って、教皇さまの祝福を願うことでした」。ありがたく拝受します。額縁は、昨日、来られた「夫妻が、手伝ってくださいました」。さっそく、感謝のお礼のお便りを、きょう出しました。李神父さん、ブログを読んでくださって、ありがとう。無事に届きました。安心してください。喜んで大切にしております。

2015年10月28日水曜日

整骨院から帰ると、ある夫妻が待っていた。びっくり・・・

今週の教会・祭壇の生け花です。
ところで、昨日の日記に、コメントがあった。「そうです。来年の3月27日は復活祭です。誕生日は米寿。きっと良い年になりますよ」。ああ、やっぱり、そうか。自信が持てて、ありがとう。希望が出てきた。これから生活を楽しみながら過ごしていこう。平和を保つには、発言に注意する。一言でも、人の心を大きくキヅつけることにもなる。影響が大きいと感じています。
★午前中、整骨院へ治療に出かけた。両ヒザに電気をかける。両足と、両肩をマッサージしてもらう。農業の女性たちが多く治療に通っている。若い頃、ムリをして働いたのだろう。
★ホームに帰ると、1組の夫妻が待っていた。大きな、額縁入りの白い箱をかかえていた。箱を開けると、その額縁はリッパな装飾の字で書かれた、教皇さまの御祝福だった。イタリア語だから文章はわからない。「50」という数字と、「トマス・田川幸一」の飾り字だけは読めた。アシジの聖フランシスコ修道院に駐在する李神父さんからの届け物だった。

2015年10月27日火曜日

よい日、よい年になるように。希望と目標を持てばいい

きのう、絵てがみで描いた絵です。墨の筆が、薄墨なので、線や字がはっきりしていない。年賀状の気持ちで書いた。「きっと、良い一年に、なるよ」。そう願いたい。
★半年しか違わない、同じ歳の男性が、きちんとした姿で、まだ運転をしているという。「偉いなあ」が実感。人と比べるのは、よくないが、同じ歳でも元気な男性を見ると、うらやましい。どこで差がついたのか、とアタマをかきむしる。
★きっと、良い一年に、なるよ。来年は八十八だからね。希望は持ちたい。そのためには何かの良い目標を持つと良い。11月には、黒崎教会でお祝いがある。12月には、もうクリスマスがくる。正月。2月には、日本26聖人の日がある。3月には、誕生日がある。88歳になる。3月27日は修道誓願を立てた記念日だが、聞くところによると、復活祭にあたるという。来年の暦がないので、確証はないが、そう聞いた。このように目標を持てば、単調なホームの生活にも、希望がある。楽しいことを考えよう。

2015年10月26日月曜日

もう1つ、金祝をお祝いするとの案内状。喜びと感謝

絵てがみ教室があった。何を描こうか、迷っていると、女性の先生が、ツバキの花をもって来られた。もう、この季節になったのか。ツバキは賀正にも使える、と先生は言われた。描く前に、1枚、写真に収めた。
★ツバキといえば、椿原の小・中学校を思い出す。小さな学校だったが、6年間、子どもたちと共に学んだ。もう、いまは廃校になって、建物もない。広場だけが、山中に残っている。
★外海・黒崎の教会の役員会から、「この度、黒崎出身の小崎登明修道士と松下昭征修道士のお2人が、修道誓願50周年の金祝を迎えることになりました。来る11月1日、日曜日に、黒崎教会において、午前9時から、記念ミサならびに祝賀会を行ないます」という、うれしいお知らせをいただいた。修道士に案内状が来ることなどは、ほとんどないのだが、それが当の修道士をお祝いしてくださるという案内状だから、それは嬉しかった。
★基本は、神さまのことが好きだ。神さまのために自分の生涯を捧げたい。少年の頃に、自然に心に湧き出た気持ちから始まった。50年が経過して、特別な仕事、成果がなかったかも知れない。それでも、その精神と希望は失いたくない。お祝いすると、声をかけてくださって、ありがとう。修道士は目立たなくても、こつこつと、少しでも、神の愛に近づくように、がんばります。

2015年10月25日日曜日

長崎・聖母の騎士の「ロザリオ祭」に参加。平和を祈る


長崎・聖母の騎士の「ロザリオ祭」に参加しました。10月の最後の日曜日は、かならず、このお祈りがあります。以前は、ロザリオを唱えながら、5玄義の各留をまわり、ルルドへ到って、ミサが行なわれていた。ルルドの坂は、高齢者にとっては、苦難の道です。今年からは、先ず教会で、ミサを祈ってから、その後で、ロザリオを唱えながら、各玄義をまわって、ルルドで、コルベ神父が祈っていた「無原罪の聖母マリアへ身を捧げる祈り」と唱えることになった。
★ホームからも、8人が参加した。聖母の騎士に行くと、気持ちがふるさとへ帰った心境になる。でも、写っている写真は、なぜか、きびしい表情をしている。信徒のなかには、誰か知っている人は居ないか、とミサ後、見回したが、2,3人の顔を見ただけだった。やはり、ホームに入って、現役をしりぞくと、じょじょに離れていくのだろうか。すこし、さびしい。
★ホームの人たちは、ルルドまでは登れなかった。車のなかでロザリオを唱えて、ホームに帰ってから、夕方のロザリオを祈った。ロザリオは心が安らぐ。母親から教えられた祈りだった。キリシタンたちも、ロザリオは熱心に唱えて、信仰をつなぎ、貫いた。教皇さまも、ロザリオを唱えるように、勧めておられる。こうした信心業に励むのも、信仰の助けになる。

2015年10月24日土曜日

記念日。10月24日、入居した日。1年が経過した

忘れもしないコスモスの花が咲いている夕方でした。高原修道士さんが運転するバスに1人乗せられて、窓から見えたのが、これらのコスモスだった。高原さんが慰めるように、「向こうに見える山は・・・・」と説明していたが、気持ちの沈んだ目は、風にゆれるコスモスを眺めていたのでした。
★そのコスモスは、落ちて行く夕陽に向かって、みな花を広げて一斉になびいていたのでした。「ああ、コスモスも、しっかり、生きているな」「よし、オレも」と思った日だった。
★夕食に間に合った。5時15分が食事です。15分か、20分あれば食べてしまう。その後、食堂を出て行くが、挨拶は、「おやすみなさい」。あれには、びっくりしたな。いまも変わりはない。
★まる1年が経過して、単調なホームの生活だったが、それでも長い1年で、いろんな出来事が起こっていた。まあ、元気で、1年を過ごしたのは、うれしい。高齢者が刻む年だから、1日、1日が大切だと感じる。高原修道士さんも職員として、がんばっている。

2015年10月23日金曜日

道ばたに、自由にお取りください、と、カゴに小ミカン

午後のひと時、ホームから10人ほど乗せて、ドライブに出かける。車で、30分ほど、山中の「白木峰」。ことしのコスモスは雨が降らないためか、花全体が、細めであった。眺めは最高。奥には諫早の干拓も見える。「広いんだなァ」が実感。
★実感したことは、もう1つある。コスモスのなか道を、登ったり、階段があったりする。思ったより、足がふらつくようになった。助けが必要だ。こんなにも老いたのか。
★干拓の近くのコスモスも見に行った。ここも同じように伸びが揃わない。「ハゲかかった髪の毛のようだ」と表現したら、皆さんが大笑いした。道ばたに、小カゴが置かれていて、自由に食べてください、と書かれている。小ミカンだったが、おいしい味がした。幾つか、いただいた。さすがに長崎だと思ったよ。

2015年10月22日木曜日

聖ヨハネ・パウロ二世教皇さまの記念日。忘れない

朝、ミサの前に、「毎日のミサ」を開くと、きょうは、任意で、聖ヨハネ・パウロ二世教皇の日になっていた。普通、聖人のお祝い日は、天国への凱旋の日になっているのに、なぜ、教皇さまは違うんだろう。2005年4月2日、神のいつくしみの主日に、ローマで死去。それを見て、パパさまは、いい日に神に召された。ポーランド・クラクフ郊外に、神のいつくしみの修道院がある。2回、参詣した。示現をうけたシスターは教皇さまによって聖女にあげられた。神のいつくしみの主日を決めたのも、教皇さまだった。その前日に、神の御許に凱旋された。
★日にちに、こだわる心が動いた。ゼノ修道士が召されたのは、長崎上陸の日だった。コルベ神父は、聖母マリアの被昇天祭の前日だった。知っている従姉のシスターは、ルルドの聖母マリアが大好きだったが、シスターはルルドの聖母の日に亡くなった。
★教皇ヨハネ・パウロ二世は長崎へ巡礼されて、ポーランド人の修道者たちを喜ばせた。故人になったセルギウス修道士はそのとき叫んだ。「ポーランド人に、こんな偉い人がいるんだな」。教皇さまは長崎で、「戦争は人間の仕業です」と言われ、平和を宣言された。
★先日、ホームで、古い映画「カロル」を見たが、教皇さまも青年時代、大きな戦争の渦に巻き込まれ、よくぞ生き抜かれたと感動した。
★パパさまから、アタマを撫でられた、あの日の恵みは忘れない。

2015年10月21日水曜日

信仰とは、キリストを生きることです。それが難しい

昨日の午後、久しぶりに庭に出た。そのとき、撮ったスナップです。ホームの入り口の木陰に座って、ぼんやりとホームを眺める。青空に伸びるのは、サクラの木。葉が音も無く落ちて、寂しそう。冬支度を始めているのか。
★しばらくすると、3、4人の職員さんが通った。挨拶する。その中の1人が、「トマさん」と声をかけ、小さなミカンを差し出して、「食べて、みんね。甘いよ」と手に持たせて、去って行った。急に「トマさん」と呼びかけられたのが、うれしかった。思いもしない呼びかけだった。「トマさんに、ならんと、いかんな」。そう思った。
★午前中は、整骨院へ行った。送り迎えしてくれるので、率先して車に乗った。「調子は、どうですか?」と、女性のマッサージさんから聞かれる。「ええ、まあ」と言い、今日は、「いいようです」を付け加えた。電気で両膝を温める。少しでも効果があれば、それでよい。
★朝、ミサの前に、「毎日のミサ」の本で、囲み記事があって、「教皇のことばから」が目にとまった。
★「信仰とは、主がわたしたちに与えてくださった、キリストとの交わりです。それゆえ、この交わりは、いのちとなり、わたしたちをキリストに似た者にする。信仰は、本物であるなら愛となり、愛のわざとなる」。教えられてきた信仰は、本当に、それだった。信仰と、愛と、希望。実践は難しいが、信仰とは何か?と、模索している心に、何か、まとまったものが見つかったような、一条の光が差し込んだ思いがした。

2015年10月20日火曜日

コメントに「巡礼とは何か?」。考えさせられました

狭い自室。隅っこに、パソコンを置いている隣は、サッシ戸になっている。戸を開けると、この景色です。すぐ目の前に、小学校があり、子どもの声がしょっちゅう聞こえる。遠くに、かすむのが雲仙岳と有明海です。眺めが、いいでしょう。大きな呼吸をすれば、気持ちも、一息つくことができる。
★ミゲルさんの貴重なコメントを読みました。ルルドのマリアさまのお恵み、いただいて、良かったですね。「巡礼とは、何ですか?」の問いかけ。難しいと今日は考えました。
★最近は、もう旅をしなくなった。それまで、旅とは、何んだろう?と考えたとき、いつも言っていたのは、次の3つです。①本物を見ること。実際に、その場所へ行って、本物に触れる。次は、②地元の人との出会いを大切にする。これは大きな収穫でしょう。そして、旅を体験することによって、やはり③自分を変える。生き方の反省もあるでしょう。そんなふうに旅をとらえていました。
★ところで、「巡礼とは、なんでしょうか?」。言われてみれば、すぐに返答はできません。巡礼といえば、すぐアタマに浮かぶのは、島の小さな教会から、外国の大きな、荘厳な教会を見て、驚いたこと、感動することの体験が、湧き出てきます。現地には歴史もありますからね。しかし、ただ単に、教会や殉教地を数えて回って感動することだけが巡礼ではないでしょう。アウシュヴィッツを訪ねたとき、本当に、人間とは何か、を考えました。ポーランドで、地元の人たちとの出会ったとき、愛をみつけたとき、信仰の体験があれば、良い巡礼だったと、今も思っています。

2015年10月19日月曜日

毎日、同じ生活で、書くことがありません。でも止めない

湯江教会の今週の生け花です。札幌のマリア・フランチェスカさんのコメントはありがとう。椿の花の、シンプルだが美しいステンドグラスがあります。いつか湯江教会へお祈りにいらしてください。
★毎日、読んでくれて感謝します。毎日、150人ぐらいの人が読んでくれている。身体の不具合になったときなどは、200人ぐらいに上がるのです。生活が日々同じなので、話題もなく、特別な考えも発想もないので、書くのを止めようかと度々思っても、毎日、150人は見守ってくださるので、辛抱して書いています。
★結局、修道士・小崎登明は、いかなる運命をたどるのか、と言うことなんです。運命と言う言葉を使ってはならないなら、これから自分の人生をどう切り開いていくのか。自分自身でも見守る心境はあります。
★午睡をして、起き上がった瞬間、なぜか、子どもの頃の、北朝鮮の、飴を売りに来る朝鮮の男性老人のことを思い出した。鉄類を拾い集めて待っていると、どこからともなく白い朝鮮の服を着て、背中に大きな木箱をかついで、現れるのです。鉄類を渡すと、大きな木箱がタンス式になっていて、引き出すと、箱一杯に、真っ白い飴が広がっている。カンナの刃を使って、木づつで叩き、ひらべったい飴をくれるのでした。ああゆう風景は、いまの北朝鮮にあるのだろうか。当時は子どもだから詳しい政治のことは解らないが、いま思えば平和な現地の老人との出会いでした。あの老人の表情はどうだったのか。幸せだったか。明るい顔だったか。思い出せない。

2015年10月18日日曜日

ゆかに輝くステンドグラス。美しいと思いませんか

湯江カトリック教会の窓側、ゆかに輝くステンドグラスの模様です。右手が祈祷台になっている。心にも、こういう光が差し込むと、慰められるんですね。生まれたときから、カトリック。両親から受け継いだ。子どもの頃は要理を勉強し、教えを知るように努めた。
★信仰があるホームは安心感がある。信頼が出来るんですね。世の中、偽装が多いじゃないですか。信仰は心を正すのです。まっとうに歩くのです。誰にでも、弱さがあり、欠点もある。でも神に戻ろうとする気持ちがあります。
★日曜日。今朝は、ミサで祈りました。朝食のあと、理髪屋さんが、家族3人で来られた。散髪の希望者を決めるのに、順番を折り紙でかくして、1人、1人に「どこ?」と問うのです。名前を埋めていく。紙をひろげると、1、2、3・・・が、最後は15人ほど記してある。「ウンがよかったのかな、きょうは、1番でした」。理髪店さんも顔なじみになった。

2015年10月17日土曜日

ありがとうの一声。ニコッと一顔。フンイキ、変わる

ショッピングに行ったときに写した、最近の1枚です。秋の収穫も終わった。遠くに見えるのが、雲仙岳です。いなかで、のんびりと暮らしてもらってありがたい。生活の基本は、痛み無く、きょうの1日を無事に過ごさせていただいて、ありがとうの気持ちです。
★「原爆」とか、「結核」とか、「ガン」とか、いろいろ体験して生きてきた。それらを考えると、これから身体的にどうなるのか、不安はあります。
★だけど、いのちは神さまのことです。愛の神さまに委ねよう。主は、そばに居られて、守り導いてくださる。
★3年半ほど前に書いたメモが手元にあった。
★『「かんしゃ(感謝)」に、「ざんげ」、「ほうおん(報恩)」。大切なのは、この3つ。感謝は、やさしく言えば、「ありがとう」。ざんげは、「すみません」。報恩は、「お元気で」』と言うことになる。お偉いお坊さんの話です。よくぞ、この言葉をメモしておいたと我ながら感心して見る。
★メモには、つづいて、こんな文も書いている。『共に悩む。より添う。そのためには自分を無くす。ガンで、6ヶ月のいのちの人に、いくら慰めても、あなたは、まだ生きるでしょう。いいえ、自分も死ぬ身です。いっしょです。聞いてあげる。悩みを、いっさい、説教しないことです』。メモを裏返すと、2行の文字があった。『「ありがとう、の一声」「ニコッと、一顔」』。きょうは、そういう1日であったろうか。採り入れも終わり、朝夕は肌寒くなった。

2015年10月16日金曜日

肝心のサイフを忘れて、それでも楽しい買い物だった

ホームのバスです。月に1度、午後から、ショッピングといって、10人ほど乗せて、2軒のセンターに買い物に出かけます。気晴らしにもなるので参加している。生活に必要な買い物も、2,3はあります。きょうが、その日でした。バスが動き出して、窓からは、稲刈りが終わった畑が広がっている。バスに揺られていると、20年、30年前、先頭きって、皆さんを巡礼旅行に案内役を務めていた頃の足の強さ、ファイト、テンポの速さ、など、ああ、そんな時代もあったんだなァと、懐かしんだ。あの頃は、老いがやってくるなんて、考えなかったよ。
★「アッ」と気がついて、ドキっとした。財布を忘れていた。あれ、あれ、どうしよう。いつもバスの運転は、高原修道士(職員)さんが勤めている。センターに着いて降りるとき、小声で、ささやいた。「タノム。貸して、ね」。好物の「ぶどう」を買った。1時間半ほどして帰ると、ロザリオの時間だった。ロザリオは努めて参加している。すぐ教会へ向かった。ロザリオは、唱えると、なんとなく心が安らぐのだ。幸せを感じるひと時、かな。

2015年10月15日木曜日

評価されて、人は生きがいを持てるのか。なら、ここは?

生き、生き、とは、人に必要とされること、だそうです。テレビが言っていました。「人に喜ばれて、自分のおこないが評価されて、人に認められる、そこに、生き、生きがある」そうです。そういわれていても、ホームでは、評価されることがあるのかなァと思います。自室にバラの花をさしました。
★ロザリオが終わったあと、県外から面会にきた夫妻が待っていた。「ああ、ひさしぶり」。聖コルベ館で、もう、10年、20年も前から、古くから、ルルドのお水で知っている。奥さんが聖母の騎士のルルドのお水でお恵みをいただいた。出会ったときは、いつも寸志をくださる夫妻だった。もう、トマさんも老いぼれてしまって、自分たち、わかってもらえるか、心配してきました。元気そうで安心した、と喜んでくれる。
★長崎へきた目的は何ですか?「第一には、セルギウス修道士さんのお墓参りに来ました」。セルギウスさんから大きな慰めをうけた。わすれない。ひさしく来なかったが、やっと浦上のカトリック墓地に行って、望みは果たした。セルギウス修道士さんは103歳まで生きて、愛の痕跡を残したポーランド人だった。「次に、ルルドのお水を、大きなペットポトルに6本、箱につめて宅急便で送りました」。精神は忘れていない。別れに際して、ちゃんと、寸志はいただいた。

2015年10月14日水曜日

ひさしぶりに、楽しい出会いを喜んだ。ゲンキでがんばれ

もう、50年ほど前になる。左側の男性が、中学を卒業したての頃、2、3年、いっしょに暮らしたことがあった。お嫁さんと、かわいい孫娘をつれて、突然にやってきた。人間とは、ふしぎなものだ。50年という年月がたっても、この男性は当時のことを覚えている。こちらは、すっかり忘れて、思い出せない。トラックの荷台に、何人か乗って、わいわい騒ぎながら、揺られていたとき、「トマさんが、言った言葉を・・・・」と語るではないか。「おお、やめてくれ」。両者、ただただ笑いながら当時を懐かしんだ。トラックの荷台に乗るなんて、今じゃ考えられんよ。当時は問題にならなかった。まだ貧しい日本だったからね。結局、「トマさんは、いっちょん、変わっておらん」と、こうなる。ポーランド人の修道士たちを、よく覚えていた。彼の心の財産かも知れない。元気なのが何よりだ。まだ定年前で、クレーンを動かして、バリバリ働いている。この顔を見れば、わかる。加えて、教会のためにも活躍している、と言う。「いいことじゃないか」。髪が黒くて、ふさふさしているのを誉めてやった。ひさしぶりに楽しい笑いの出会いを喜んだ。

2015年10月13日火曜日

美しい太陽はきょうも上がる。平和で幸せであるように

自室のサッシ戸をあける。朝陽(あさひ)があがる。きょうも静かな一日がはじまる。毎朝、5時に起きるのは変わらない。暗く、静寂な廊下を静かに歩き、教会へ急ぐ。聖務の朝の祈り、ミサ、聖書のみ言葉をあじわう。
★朝食が終わったら、すぐ介護の入浴があった。午前中、新聞の記者が訪ねてきた。発言しながら、声が充分に出ないのを感じた。歳をとるとは、こういうことなのか。
★午後から、中型バスで、10人ほどを乗せて、ドライブがあった。島原半島の「かまぼこ店」に立ち寄った。早めに日記を書こうと、パソコンに向かうと、面会人があらわれた。そんな、こんなで、結構、次々と事が運んで、朝陽のことを忘れてしまううち、屋外は暗くなっている。★祈り。「修道誓願によって、主キリストに身をささげた人びとを、守ってください。とらわれない心で、人びとに仕え、福音のあかしとなることができますように」(聖務、270ページ)

2015年10月12日月曜日

幸せなら、隣の人と手をつなごう。足ならせば平和も来る

いま、ロザリオから帰ってきたところです。日記を開いたら、札幌のマリア・フランチェスカさんのコメントが入っておりました。お祈りありがとう。時々、コメントをいただき、感謝しています。聖コルベ館で出会ったときを思い出します。
★きょうは、コーラスといって、皆さんが集まって、まずタオルを使って、軽い運動をして、4曲ほど、歌を練習します。「幸せなら、手をたたおう」「肩、たたこう」「足、ならそう」「隣の人と手をつなごう」。素直に従えるのは、学校時代を考えるからです。同じですよ。
★午後から、色紙を1枚描きました。バラの絵です。ホームの玄関のところに、バラが咲いている。「1枝、ください」。自室で、観察しました。バラは難しいね。心をこめて描きました。

2015年10月11日日曜日

空は青く、柿も食べて、秋を想う、この一日。幸せになれ

食事が終わって、立ち上がると、すぐ横のサッシ戸を開いて、山側を見る。これが、その風景だ。中央に、白いマリア像。朝夕は肌寒くなった。食卓では、6人が老人むきの食事を戴いている。テレビなどで、家族で、老・老・介護などの実態の姿を見る。夫も、妻も、高齢化して、お互いに介護するのも大変なご苦労がある。おそらく食事も、まま、ならぬであろう。それを考えると、ホームの生活は安心であり、幸せだと思う。昼食には、柿も食べた。
★修道院に入って、仲間と共に同じ修道者と生活して、苦楽を共有して、それぞれ神への道を追及していく、それが並みの道であった。満足していた。普通であり、長年、過ごしてきた、当然な生活であった。それが身体の都合で、急に1人になり、ホームで、一般の人たちと生活しなければならない。戸惑いもあったが、考えてみると、神は、ここにも居られる。神のお望みの道が、これかも知れない。「お前が、これまで修業したことは、本物なのか」。これからが真骨頂が試される。本ものの修道者であったのか。場所が変わっても、本質的なところは変わらぬはずだ。それが、神から問われている。
★これまで培ってきた自分の霊性が、祈りにせよ、考えにせよ、他者への愛にせよ、犠牲にせよ、修道服を着ていたときは、格好はついていただろう。しかし本物の修道者であったのか。いまを、どのように生きるのかが、道となった。孤独を感じても、神の愛に恵まれている。神から修道者として愛されている。その自分が本物だったのか、本質的なところが、問われているのを感じる。
★いまを受け入れて、「みむねのままに」と、幸せになれ。

2015年10月10日土曜日

祈りも大切。行動、働き、奉仕も大切。両輪あって、よし

午前中、整骨院の車が迎えにきた。3人が車に乗る。指圧というか、マッサージというか、期待をかけている。「どうですか、調子は?」と聞かれれば、いつもながら「ええ、まあ、いいです」の返事。車で送ってくれる。車中での会話は、ホームの食事がいい、という話題だった。確かに、それは言える。食事が老人向きに適切だから、長生きする人が多い。
★午後から、ホームの車で、諫早の耳鼻科へ。左耳の掃除をしてもらう。時々、耳鼻科に通いたいが、それも足が弱くて、ムリ。
★ホームへ帰ると、すぐ教会へ行く。ロザリオが始まっていた。10人ほどが祈る。園長神父さんも、いつも参加している。緻密な祈りが、心を安らかにさせる。
★「祈るだけでは、ダメだ。行動する」という言葉を時々聞くが、いつも思うのだが、祈りも大切だが、行動も必要だ、にしてもらえないものだろうか。祈っている人たちがいる。平和を願う人たちがいる。ロザリオの月も、三分の一は過ぎ去った。教会の玄関に飾られて居る大きなロザリオです。

2015年10月9日金曜日

前向きに生きるには、柔軟さと、善い解釈が必要です

「パン食い」競争には、要領があるんです。カブリついても、ダメだね。肩で、パンを少し寄せて、それからカブリつくのです。今度は、長ーィ、パンを狙ったから早かった。
★昨日、心引かれる、いいコメントが載っていた。「ホームで運動会まであるんですね。職員さんが、よく準備して下さる。カラダを使うので、笑いも生まれる。かってアリの町で、北原怜子(さとこ)さんが、子どもたちの運動会を実行した話を思い出した。戦後の皆さんが、よく笑った、そんな記憶があります」(たまさん)
★北原さんの運動会を読んだとき、ビビっと、きました。先ず、このコメントに接して、いろんな人たちが、ホームを見守ってくださり、自分の思い出にもつながっているのだな、と感じました。「ここで北原さんが出てこようとは、ね。夢にも考えないよ」
★北原怜子さんの記事も書いたことがあるし、怜子さんのお姉さんと隅田川の当時の場所を訪ねたこともある。怜子さんが運動会を開くのに、どれほどの苦労があったか。彼女は前向きに生きた女性だった。苦労があって、善い解釈をつなぎながら、辛抱して、耐えて、笑いに持っていく。それにしても運動会の記事が、北原さんにつながったときは、瞬間、おどろき、うれしい思いで一杯でした。北原怜子さんは、カトリックで尊者になりました。取次ぎを祈りましょう。
★運動会は、午前中で終わったが、午後から、腎臓のステントの件で病院行きが残っていた。ステントは、25cmぐらいの管(クダ)で、腹部に入っているのです。十字架ですよ。
★ここで思います。「前向きに、生きよ。善い解釈をすることだ。落ち込んだり、失望したり、暗く考えたり、ダメだ・・・とは言わせない。自分には、自分の歴史がある。これから、どのような境遇に成るとも、前向きに受け入れて、残りの人生を終わりたい」。少々、自分に励ましの強気を送ります。

2015年10月8日木曜日

運動会、その2。爽やかな空気にもまれて、健康です

何も考えませんよ。一所懸命になるだけです。人並みに、がんばるぞ、の気持ちがありますからね。職員も入居者も、心が一つになるときですね。いいホームとは、心の通いですよ。パン食い競争と、袋釣りと、玉入れ。職員は輪まわしや、ハシゴくぐりがあった。ギリギリ、くぐ若い職員さんも居て、笑いは盛り上った。約1時間30分ほどの運動会でした。時間的にちょうど、いいです。おみやげも下げ袋に沢山いれて、いただいた。聖火入場もあったからね。もちろん風があったから、工夫はあった。

2015年10月7日水曜日

運動会。疲れた。それでも楽しかった。生きている感じ

久しぶり、カラダを動かすのは、いいですね。血がタギルといいうか、イキがもつれるというか、楽しい運動会でした。空は、青ぞら。国旗掲揚で、風が強かった。全員が、赤組、青組、黄色の組、3つにわかれた。職員たちは、赤色のジャージ、皆さんは青色のジャージ。それにお客さんもいる。小学校の校長先生も見えた。銀行さん、畳屋さん、理髪店主も来て下さった。職員の若さと、老いの皆さんと、一体になった日でした。

2015年10月6日火曜日

あすは楽しい運動会だが、その後、気が重い診察もある

あしたは、ホームの運動会です。楽しみですよ。第48回の看板も出来上がりました。この庭に、テントを張って、男性職員たちが準備をしています。お疲れさまです。
★午後から、園内の廊下を歩きました。これが結構、運動になります。歩く途中で、2階から庭を眺める女性が居た。声をかけると、カトリックで、25年、ここにお世話になっている、と聞いて、びっくり、おどろきました。いま、お年は、90代に入っている。若い頃に入居されたんですね。背骨をまっすぐにして、教会にもお祈りに来られる。しっかりされています。
★園長神父さんも何人も代わられた。亡くなった神父さんもいる。運動会も、何十回と、参加してこられたわけだ。生かされているのは、ありがたい。感謝しかないでしょう。
★わたしに、修道服を着たのを思い出して、「神父さまですか?」と聞く。「いいえ、修道士です」。修道士と身分を打ち明けるには、荷が重いです。皆さんと生活は同じです。何んで、信仰心に燃えないのだろう。福音宣教をしないのだろう。動かぬ自分に、気が重くなるわけです。
★あしたは、運動会が終わると、午後から、諫早総合病院へ行きます。ステントの入れ換えの診察がある。これも気が重いです。「どうなることか」。不安があるわけです。明るい話ばかりではない。歳をとると、何かと不都合がでてくる。ついつい、落ち込みそうになる。耐えていくしかないでしょう。

2015年10月5日月曜日

何か燃えるものが欲しい。感動は遠い過去の出来事か

写真は、今週の祭壇の生け花です。
★昭和の初め、長崎市に、キリスト教の牧師で、熱心に「アシジの聖フランシスコ」を長年、研究する男性教師が居た。彼の「フランシスコ」の見識は、紀元何年かに、生きておられたキリストを、フランシスコの時代、13世紀において、そのキリストを再現する人物が、フランシスコであるとの解釈をした。キリストがこの時代に生きている。呼吸している。彼はイタリア語を習得して、原典から、本格的に研究を重ねて、「果たして、そういう生き方が出来るのか」と現実に、大きな疑問を持ち、悩んでいた。
★大浦天主堂を下った坂の一角に、ポーランド人の修道者たちが生活する貧しい修道院があった。偶然に、訪ねて、出会ったのが、コルベ神父やゼノ修道士たちであった。寒い冬、「ウチからのストーブです」と一杯の熱い白湯を出して歓迎してくれた。彼らの現実の生活をみて、衝撃が走った。「紀元何年かのキリストの再現が、13世紀のフランシスコだった。その13世紀の現実が、20世紀の今、ここに再現しているではないか。彼らこそ全く、聖フランシスコの精神で生きているではないか。ムシロを敷いて寝る貧しさと、印刷機械を動かす労働。それなのに、優しいほほえみ、祈りに燃えた清らかな目、その熱心さを見て、牧師の男性は感動した。「フランシスコは理論でなく、ここに実行している修道者たちが、現実にいる」
★主キリストは、愛の生き方、ウソ偽りにない生き方、十字架の生き方、貧しい生き方、罪には厳しい生き方。何のため?御父なる神の愛をあかしするため。野球で、延長戦になり、どっちが勝つか、燃えるじゃないですか。信仰をして、燃えたぎるものがありますか。いのちをかけているのです。理論だけでは、ダメでしょう。問いかけだけでは、ダメでしょう。血潮をたぎらせる生活のなかでの感動。「ああ、むずかしい」と、コルベ神父は言ったでしょうか。
★祈り「日々の祈りと、生活を通して、主キリストと結ばれ、チカラ強い愛のあかしとなることが出来ますように」
★あの牧師の男性教師は、その後、カトリック教会へ入った。彼の先生に出会って話も聞いた。コルベ神父のなかに、キリストと、フランシスコを見た、と彼は言った。
★午前中、園内を歩く。ホームの書棚から、聖ボナヴェントゥラによる、アシジの聖フランシスコ大伝記(1981年版・あかし書房・宮沢邦子訳)を見つけた。部屋に持ち帰った。

2015年10月4日日曜日

アシジの聖フランシスコの祭日。憎しみよりも、許しを

修道会の創立者、アシジの聖フランシスコ。ホームの名前の聖人の日でもある。意識して、朝のミサは修道服を着て、祈った。聖フランシスコはどんな聖人?と聞かれて、説明するには、どの部分
を切り取って、話をまとめればいいのか、迷うし、悩む。
★豪商の息子に生まれた彼は、騎士に夢見て、戦いにも挑む。しかし捕らわれの身となり、神の声を聞く。「主人に仕えた方がいいか、シモベに仕えた方がいいか」。彼は、立ち上がる。古びた教会で祈っていると、また彼に神の声が聞こえる。「教会を修復しなさい」。最初は建物と思っていたが、それは深い意味を含んでいた。
★親からもらった衣服も持ち物も、すべて脱いで、父親に返して、新しい生活を始める。それは主キリストのように生きること。福音に生きる。十字架を愛し、求め、最後はキリストの聖痕を身にうけた。一晩中、泣きながら、「ああ、我が神よ」「ああ、我が神よ」と、朝まで祈り続けた。
干し何物をも携えることなく、平和の道を、愛と従順のうちに、清い心で歩みつづけた。彼にとって、鳥も、魚も、狼も、空も、太陽も、兄弟姉妹だ。人を愛し、虐げられた人を愛し、重い皮膚病の人を看護し、神以外に、何者にも捕らわれず、争いを好まず、腰低く生きることを望んだ。・・・・・本当のフランシスコの心に、生き方に寄り添えない。余りにも巨大すぎる。だが、ふしぎに心が引かれる。
★ああ、オレは何を書いているのだろう、と思う。もう一度、聖フランシスコの伝記を読みたいと思う一日であった。

2015年10月3日土曜日

いろんな出し物がでる、楽しい誕生会。おすこやかに

誕生会。楽しみにしています。出し物が出ますからね。でも、写真に収めるのは難しい。ホームの人のお顔が写っては、いけません。
★10月の誕生会は、出し物なんですか?電線音頭です。「チュン、チュンが、チュン。電線にスズメが3羽、止まってさ。それを猟師がテッポで、撃ってさ。・・・・ヨイ、ヨイ、おっとっと」。もう1羽の女性職員はマイクをもって歌っていました。写っていないね。若い人はいろんな内容を考えるものです。皆さん、喜んで、和やかな誕生を祝う日でした。
★健康で、長生きして、人生を楽しむ、それが願いです。大正、ひとけた生まれで、スイ、スイ、歩くのを見れば、甘えてはおれません。リッパです。脱帽です。

2015年10月2日金曜日

いつの間にか、1日が過ぎてしまいます。こまったな

絵てがみで描いた「どんぐり」と葉っぱです。ホームという狭い空間のなかに居るのに、時間は過ぎてしまう。5時に起きるでしょう。ミサから帰って、少しの時を、ベッドに横になるのが楽しみです。テレビで「きょうのワンちゃん」は必ず見ています。朝食の後、入浴があった。介護を受けながら、カラダを洗う。風呂が好きな男だった。今は長く湯に浸かれないのが、悲しいです。園内を散歩。書道教室があった。季節の言葉は無いか。手本を見ながら、7、8枚書いた。「収穫」「秋花」など。1枚を自室に持って帰った。
★昼食後、ベッドに横になる。眼科の女医さんが来園。診察してもらう。その後、教会で、共同のロザリオ。終わると、明子さんが見えた。夕食になる。洗面台に向かえば、あとは、ホットする。もう、この時間なんです。何にも考えずに過ぎてしまった。
★1つ言えることがある。年をとると、カラダが「シンドイ」。「苦しみは、罪のつぐない、たい」と、昔の古老は言った。いま、苦しいときです。振り返って、ほんとに、若い頃の罪のつぐない、かも知れないと、正直、思います。犯した罪を清算することが必要です。煉獄が必要です。心のどこかで、そう思います。

2015年10月1日木曜日

10月は、ロザリオの月。祈りましょう。親しみましょう

朝、ミサのとき、2つの思いがあった。
★①10月はロザリオの月といって、聖母賛美のロザリオを唱えることが勧められる。ホームでは、毎日、有志の人たちが、ロザリオを唱えています。ロザリオを祈っていると、なぜか心が落ち着いてくる。いま、夕方のロザリオを唱えてきたところです。若い頃は、ロザリオは長い祈りに感じて、あまり好まなかったが、老いて来た最近は、キリスト教の信仰が集約されているから、黙想をしながら、舟が波にただようような気持ちで好んで唱えている。
★②きょうは、幼いイエスの聖女テレジアの記念日です。テレジアの洗礼名を持っている女性は多いでしょう。若くして、修道院内で亡くなったが、自叙伝を書いたことで有名です。布教の保護者といわれ、コルベ神父は、テレジアに祈って、約束を結んでいたといわれる。「騎士誌で、あなたのことを宣伝しますから、天国から恵みの雨を降らせてください」。そして度々、恵みがあった。そういう話は忘れない。
★③10月になれば、入居1年になる。長い1年だったよ。