2015年10月19日月曜日

毎日、同じ生活で、書くことがありません。でも止めない

湯江教会の今週の生け花です。札幌のマリア・フランチェスカさんのコメントはありがとう。椿の花の、シンプルだが美しいステンドグラスがあります。いつか湯江教会へお祈りにいらしてください。
★毎日、読んでくれて感謝します。毎日、150人ぐらいの人が読んでくれている。身体の不具合になったときなどは、200人ぐらいに上がるのです。生活が日々同じなので、話題もなく、特別な考えも発想もないので、書くのを止めようかと度々思っても、毎日、150人は見守ってくださるので、辛抱して書いています。
★結局、修道士・小崎登明は、いかなる運命をたどるのか、と言うことなんです。運命と言う言葉を使ってはならないなら、これから自分の人生をどう切り開いていくのか。自分自身でも見守る心境はあります。
★午睡をして、起き上がった瞬間、なぜか、子どもの頃の、北朝鮮の、飴を売りに来る朝鮮の男性老人のことを思い出した。鉄類を拾い集めて待っていると、どこからともなく白い朝鮮の服を着て、背中に大きな木箱をかついで、現れるのです。鉄類を渡すと、大きな木箱がタンス式になっていて、引き出すと、箱一杯に、真っ白い飴が広がっている。カンナの刃を使って、木づつで叩き、ひらべったい飴をくれるのでした。ああゆう風景は、いまの北朝鮮にあるのだろうか。当時は子どもだから詳しい政治のことは解らないが、いま思えば平和な現地の老人との出会いでした。あの老人の表情はどうだったのか。幸せだったか。明るい顔だったか。思い出せない。