2017年11月18日土曜日

あわただしい1日。きょうも暮れる。平安、無事

雑貨のスーパーです。昼食後、しばらくベッドに横になっていると、はや、2時に「ショッピング」月に1度の買い物に出かける時になる。ホームに暮らすことは、1軒の世帯に生活する状態です。何も、可も、必要になる。だから買い物には参加します。写真の店は、食べ物以外は、ほぼ揃っている。加湿器の水差しを買った。ここが終わると、次は「エレナ」食べ物のスーパーです。ブドウ、イチゴ、ふり掛け、チョコ、歯磨き、など買いました。赤い小型バスに乗って、15人ほどが買い物に出かける。
★午前中は「懇談会」があった。来月の予定や、看護師さんからの注意点など伝えられる。こちらも、はや、12月。年末です。誕生会や忘年会や、慰問や、高校生達の奉仕や、クリスマス会など、「出し物もあるので、お楽しみに」と職員のお言葉でした。
★11月も半分は終わった。23日には、長崎・修道院で、修道会の司祭叙階金祝、修道誓願金祝が行なわれる。会の司祭・修道士が顔を揃えるので、楽しみに参加するつもりです。12月になると、期待のコルベ神父の映画「二つの冠」がある。これも楽しみです。直ぐクリスマスでしょう。1月、お正月でしょう。年賀状もくる。2月は、トマさんの修道名「聖トマス小崎(日本26聖人)」のお祝いが来る。3月は誕生日。90歳だよ。こうして未来を考えると、色々楽しみがあるね。結局、いつまでも変らぬ元気で居ることだよ。

2017年11月17日金曜日

ジンセイ、生きていること自体が、ふしぎ。本当に

この言葉は、すごく人気があるのです。自分でも、そう思います。
★今朝は、信仰って、横にも縦にも「つながり」があると思いました。両親から受けている。隣人と一緒にロザリオを唱える。バチカンに行って、聖ペトロ大聖堂・内部の荘厳さに感動もした。外海の隠れキリシタンの信仰遺跡も知っている。今日はハンガリーの聖エリザベトの祝日だったが、1200年代に生きた王女で、3人の子供の母となり、ご主人が亡くなると、清貧の生活に徹して、貧しい人たちを助け、病院も建てた。何百年も前から同じカトリックの信仰を生きている。丁度聖フランシスコの時代でもある。
★私たちが今、信仰している信仰と全く同じなのか。そう、同じです。その根本は聖書だからです。今朝は、そんな事を考えた。でも信仰は、もう1つあると思う。それは私自身の信仰です。どれだけ本物の信仰に生きているか。本当に信じて行動しているか。反省の余地は色々ある。罪ある人間、弱い人間からの脱却。生きて改善する所は多々あるとも思った。
★今日は、ホームのお年寄りの葬儀・告別式が行なわれた。親しく、知っている人が亡くなるのは寂しい。1人の人生が終わった。「ふしぎなこと、多々あった人生だった」。結局、誰でも、そう言える。ジンセイって、本当に分からない。ニンゲンが生きていること自体がふしぎなのです。

2017年11月16日木曜日

高原修道士さんの誕生日。2人でお祝い。頑張る男

定期の診療日。朝から長崎へ。この日は何やら気が重い。高原修道士さんの運転で車は走る。2人とも、クリニックで診察を受ける。「タガワ・ブラザー」。先生の大きな呼び声に、待合室の人の目が自分に向けられる。「お世話になっています」。大声で診察室に入る。部厚いカルテ。通院の年期を示している。先生は「どこかで語り部を出来ないか」の意味の言葉で私に未だ期待している。フタ言(こと)、ミ言、先生と交わして終わる。血液を採取される。薬の処方箋を貰う。体調は、いいのか、不具合なのか、自分でも、何とも言えない。
★高原修道士の誕生日。昭和34年(1959年)の今日、熊本市に生まれる。満58歳になる。彼には、どれほどお世話になっていることか。彼の手引きでホームへも入居したし、毎月、こうしてクリニックへも連れて行ってもらう。感謝の意味で、お昼ごはんは、御ちそう、しよう、と途中の行き付けのレストランへ立ち寄った。牛肉専門のお店です。お酒は昼間だから飲めないが、デッカイ、ステーキに、テール・スープ、その他いろいろ、満腹する程、(いや、わたしが)食べて、お祝いした。修道士とはいえ、日常、いろいろストレスが溜まる事もあろうが、頑張ってください。修道士の召命も全うしてください。そう願いながら、彼の運転でホームへ戻った。

2017年11月15日水曜日

ある日の電話。手紙も来る。赤岳・出身の女性から

突然、廊下のスピーカーで名前を呼ばれて「電話です」。自室に近くに電話機がある。女性の声。「被爆65年、2010年の原爆の日に、浦上天主堂で、『焼けたロザリオ』を買い、何々様とサインも頂いた。懐かしくて電話した」
★確かに覚えがある。浦上天主堂の庭で、修道服を着て、『漫画・焼けたロザリオ』の販売を行なった。自伝の漫画で、主に原爆体験と、コルベ神父も描かれている。東京の漫画家が描いた作品である。
★それにしても、急に電話で一方的に言われて、当方、アタマの切り替えが出来ず、戸惑った。「サインして頂いたのが嬉しい。今も本を手元に置いて、親しんでいる」という。電話は、それで終わった。
★しばらくして手紙が届いた。「私は、長崎・赤岳の生まれです。戦後は聖フランシスコ病院で看護師として、秋月先生の元で働きました」。外国人院長シスターの名前も書いていた。トマも秋月先生はよく知っている。診察も度々受けた。
★更に心引いたのが、『赤岳』だった。外海へ行く途中に、樫山集落がある。ここが昔は隠れキリシタンの里だった。樫山に赤岳はあり、キリシタン聖地と言われた。浦上のキリシタンたちは、密かに岩屋山に登って、遥か赤岳の方向を眺めて祈った。ここで3度祈れば、1度は樫山の巡礼になる。3度樫山に巡礼すれば、1度はローマに巡礼した事になる。そう信じて、憧れながら密かに祈った。『焼けたロザリオ』のこのページに心引かれたのだろう。手紙には、こう書いてあった。「先生の本には、樫山の赤岳、聖フランシスコ病院となつかしく私の大切なご本です」
★私は返事を書いた。「赤岳、樫山」に付いては、自著の『長崎オラショの旅』の241ページから詳しく書いていますので、買い求めて読んでください」。今では書けない特別な記事になっている。自慢の作でもある。それにしても、7年前に買い求めた1冊のマンガが、いま電話になって、手紙になって身元に来るなんて、その「つながり」のお恵みに感謝した次第です。赤岳・女性の信仰の継続を祈ります。

2017年11月14日火曜日

死者の月。想い出す人。伯父さんと、残された手紙

ホームの隣、湯江教会の祭壇の生け花です。11月は死者の月で、ミサの後、祈祷書から「全ての死者のための祈り」を捧げている。死者を想うとき、引き出しの直ぐ手元に、1通の手紙がある。古い手紙で、昭和26年1月21日の「黒崎局」の消印が押されている。切手は8.00。(8円)だろうか。差出人は、黒崎の藤之助・伯父。
★藤之助伯父は、北朝鮮で、一緒に暮らした近い親戚だった。苦労しながら引き上げてくる。終戦1年後、長崎へ帰ってみると、頼りにしていた私は神学校に入っていた。最初は不機嫌だったが、私が決意を話すと、涙はいつしか笑いに変っていた。伯父は生涯独身で、生まれた黒崎の家の隣に小屋をもらって、晩年を過ごした。神学校の夏・冬の休みには、その家で伯父さんと暮らした。帰国して5年後の手紙になる。鉛筆で、ゴツゴツした字で3枚も書かれている。
★「玉、みがかれば、光、なし。人も、学びて後にこそ、真の徳はあらわるれ。これから一生懸命、真理を勉強して、真の徳、第一、謙遜の徳が出来て始めて、世の人を感化させる事が出来る。間もなく修練も終わり、いよいよ誓願式、是非、入れてもらわねばならんが、満が一、誓願に入る事が出来んでも、力、落とすな。騎士院には、お前の出来る仕事はある。武士は君前、討ち死にを名誉としたとの事。お前は二回も、大手術、死の直前にあひながら、生を受けて居るのだから、この世の幸に未練を残さず、聖母の騎士だ。何やらせて、もらっても、聖母の御馬前で、討ち死にせねば、ならん。伯父、イヤ、親子揃って、聖母マリア、聖ヨゼフ様によりすがり、聖母マリア様に手を引かれて、イエズス様のお後を、おしたい申そうぞ」
★この手紙は、一部分だが、その年の9月に、64歳で亡くなった。なぜ、この手紙を手元に置いているのか、わからない。手紙を貰った、その当時が私の人生で最も辛い時であった。藤之助伯父のために祈ろう。

2017年11月13日月曜日

朝夕は冷え込みます。入浴は楽しみ。カゼには注意

ホームの風呂は上等です。銭湯を小じんまりした感じです。浴槽の湯は、いつも清らかになる機械があり、水質は時々計器で保たれる。毎日でも入浴可能です。男性は午前中に、女性は午後から夕方まで入れる。浴場の写真は前にも紹介しました。
★今日も湯に入りました。入所当時は介護をされて入浴していた。支援の2でした。しばらくして、介護をやめて、2人で入るよう心がけた。入江さんか、キリエさんです。時が経てば、体調も変る。最近は私が1人で入っている。今日は入江さんが上がるところでした。誰も入りに来ない。静かな、気兼ねなしの湯です。のんびり湯に浸かると、幸せを感じます。ただ1人の時は、急に倒れたら怖い。心して、注意しながら入っています。
★風呂から上がると、「絵手紙があります」のお知らせ。「え、ちょっと、待ってよ」。自室に戻り、コップ一杯のぬるま湯を飲み、野菜のジュースを飲み、カラダを落ち着かせてから、絵手紙の場へ行った。先生に先ず文化祭のお礼を言った。「お世話をしてくださって有り難うございました。トロフィーまで頂いて」「第50回の記念だそうです」。5、6人の描き手が居た。珍しい名前の花をハガキに描いた。紫色の花で、花に点々がある。「これ、なんという花ですか?」「ホトトギス、です」

2017年11月12日日曜日

ボクの名前はバナナだよ。皆さん、かわいがってね

ロザリオを唱えて、教会からホームの廊下を歩いて、介護の詰所へくると、にぎやかだ。「どうした?」。男性の職員が又、ネコちゃんを連れて来た。
★10月半ばに、ネコちゃんの写真を載せた。あれは「みかん」ちゃんだった。「今日のは、バナナ」「なんビキ、いるの?」「4ひき。実家から連れてきた。オス2匹。メス2匹」。名前が皆、ユニーク。オスは、みかん、バナナ。メスは、イチゴ、モモ。みんな、クダモノのなまえ。
★生後、半年は、なろう。ネコは黙って、「ニャン」とも、「スン」とも、言わん。ここは、どこだろう?そんな目。脳裏に、どう考えているのか。嫁さんも、ネコ好きだとか。
★ボク(トマ)は、イヌが好き。そのイヌも、柴犬というか、アキタけん、とか、可愛さよりも、シャンとした小イヌが好き。そっちの方が癒される。イヌに忠実さもある。だがホームにイヌは来ない。ネコは、なにかしら寂しそう。
★思い出すなァ、ライモンドよ。いい名前を貰っていたのに、行方知らずとなった。今でも、あのネコ、ライモンドは忘れない。
★日曜日。何事も起こらない。平和な、静かなホームです。

2017年11月11日土曜日

コルベ神父の生涯・新作映画。12月に上映。期待大

昨年の8月9日、長崎・原爆の日、母の命日でもあった。長崎・聖母の騎士に、ポーランドから映画製作の取材班が来て、撮影を始めた。その映画が完成し、今年は、ポーランド、イタリアで既に上映し、いよいよ日本へ。12月に東京(3回)、長崎(1回)の上映が決まった。
★もちろん聖母の騎士修道院は映像に入っており、取材に応じた小崎修道士、松下修道士も出ている。
★長崎では、12月11日(月)、長崎カトリック・センターで、午後6時、開演となる。1回きりの上映となる。
★東京では、3回。11月25日(土)から、3週間にわたって「ポーランド映画祭」が開かれて、30本ばかりの映画が上映される。その中で、コルベ神父の生涯「二つの冠」は、①12月9日(土)15:40。②12月13日(水)16:00。③12月15日(金)11:00。会場はJR恵比寿駅東口改札より徒歩5分。恵比寿ガーデンプレイス内・東京都写真美術館ホールになっている。
★イタリア語版を見た神父さんが、「小崎さんも出ている」と言うので、楽しみにしている。どんな映画になっているのか。興味がある。12月が楽しみです。東京・長崎の近郊の人は、ぜひ映画の鑑賞を勧めます。
★女子高校生たちに話しに行った際、聖母の騎士で、偶然にも、映画上映の関係者に出会った。東京から、大使館のポーランド人2人、長崎で宣教するポーランド人神父さん2人、本当に偶然でした。導きだったかも知れない。それで詳しく分かりました。
★コルベ神父は、子供の頃、町の教会の聖母マリアの祭壇で、聖母マリアから2つの冠を見せられた。白い冠と赤い冠。コルベ神父の生涯がその生き方を示している。福者になる時は「証聖者」で、パウロ6世教皇さま初め全ての聖職者の祭服は白色だった。11年後、聖人になる時は、ヨハネ・パウロ2世教皇さま初め全部の祭服は「殉教者」の赤色だった。これは目に見える形で、2つの冠が実現したことを表している。
★「2つの冠」映画を見に行きましょう。

2017年11月10日金曜日

ホームの心遣い。絵ハガキを額入り展示。有り難い

町の文化祭に出した「絵手紙」が戻ってきた。職員さんが「食堂の入口に展示しましょう」と掲げてくれた。賞状も、小さなトロフィーも、ある。車椅子の男性が、目を上げて見ながら「えらいモンですなァ」と誉めまくる。恥ずかしいですよ。「大した事はありません」「よー、書けとります」
★書道は自我流だし、絵は、長崎南画しか習った経験がない。でも、絵手紙は楽しい。3年もホームに居れば、月に1度の絵手紙で、2、3枚ほど描けば、かなり多くの絵手紙が手元に残る。それらの中から、先生が「今年は『額』に入れて出展しましょうね」。特別奨励賞を頂いた。昨年は書道で頂いた。「特別」が付くのは、老人ホームで頑張っているからお情けでの章か。素直な気持ちで頂きます。町の、暖かい心に感謝します。
★ホームのある町は、「高来町」という。この辺は、「湯江」。清流があり、滝があり、江戸時代から紙すきが盛んだった。今でも1、2軒はある。賞状の紙は「湯江」ですいた紙だそうです。賞状にも値打ちがある。
★「高来中学校」で、ニガイ経験がある。サッカーの合同試合があって、椿原中学の校長だった私が、開会の挨拶をすることになった。運動着姿の中学生たちを前に、壇上に上がった私は、これこそ、次の言葉が相当だろう。「ビビった」。冷や汗ものだったのを今も時折、思い出す。サッカーなどの雰囲気に慣れていなかった。
★高来には世話になりました。特に、高来中学校の校長先生には。いま、どうしておられるやら。

2017年11月9日木曜日

若い人からパワーを貰う。老人は賢明な教えを語る


今どき、女子高校生と向き合うのは、本当に楽しいことです。生徒数185名、先生9名の大人数ですからね。気持ちも盛り上りました。
★長崎・聖母の騎士教会です。先ずは恒例の「ハレルヤ」を合唱。指揮者が居て、すばらしい歌が聖堂内に響き渡りました。それから小崎修道士の出番、お決まりのお話しです。ちゃんと立って、30分ほど語りました。
★皆さんは自著「十七歳の夏」を読んで、読書感想文も書いている。気持ちは、すんなり「つながり」ます。いつも17歳の原爆の日の3つの体験から入る。女子高校生たちも17歳だからね。もし、あなただったら、どう生きる?人間は孤独だ。結局、「助けなかった。困難が来たら逃げた。仇なる人間を許さない」。これが人間の底辺の心情です。誰にでも、ある。孤独も、自己中心も。
★それを語って、コルベ神父の生き方に移る。私の生き方の裏返しが、コルベ神父の愛とイノチとなる。「助けてあげる。苦しみにも決して逃げない。ナチの兵士たちさえも許してあげる」「憎んで当然、恨んで当然、仕返ししようと思うのも当然でしょう。なのに、コルベ神父のような人も居る。それを見る時、どん底を味わう人間の世に、まだ希望がある」
★イノチを助けられた男性の話もする。3度、彼に会った。3度目は、91歳。彼は93歳で亡くなった。「恩は、もう、その人には返せない。別の所で、別の人に返していく。それが人生なのです」
★もう、この女学校にお話を始めて、27年になる。長い年月だよ。お話の後に、また合唱「愛」が聖堂に響きわたる。胸を突き上げられる雰囲気だった。場を聖コルベ館に移して、「聖コルベの部屋」の前で記念写真を撮る。女子高校生に囲まれて、ホームのことは忘れて、ご機嫌でした。
★1人の先生と、ツーショットで撮った。10年ぐらい前、生徒として聖コルベ館の見学に来て、小崎さんの話を聞いた。あれから大学を出て、勉強を重ねて、母校に就職し、今度は、生徒を引率して来ました、と嬉しい知らせを教えてくれた。
★女子高校生、先生方の皆さんに、ハガキ版のカードをプレゼントした。大分県の恵理子さんが作ってくださった。長崎・聖コルベ館訪問の記念になるでしょう。

2017年11月8日水曜日

浜松ひろみさんの便り。牛乳空パックで作ったイス

浜松の「ひろみ」さんから、久しぶりの手紙が届いた。写真が入っていた。それが、この写真です。ナンだと思いますか。牛乳の空きパックを36本使って、ありあわせの布で外側を巻いた「イス」だそうです。これが評判を呼んでいます。
★ひろみさんは、時々、ホームのマザーを訪ねて慰めているんですね。マザーが、夏・冬の衣類の整理を、正座しながら行なっていた。後で、腰やヒザが痛くなった。その話を聞いて、パッと「ひろみ」さん、閃いた。以前、見たイス。作り方を教えてもらい、孫たちのために作ったイスです。材料があったので、マザーのために作りました。
★「ひろみ」さんは、日記を読んでくれている。マザーにも日記を見せているそうです。マザーから「トマさんのことば」を送ってください、と願いがあった。送って差し上げると、マザーがホームの人に貸してあげたら、戻って来ない。また「トマさん」お願いしますと、そんな思い出もありました。マザーも、ホームの生活は大変でしょう。
★それにしても、イスの「M」の字は何でしょうか。ひろみさんによると、方子(まさこ)のMであり、マザーの「M」です。「まさこ」は誰か知りません。
★その後、ひろみさんが訪問した時の話です。「ホームの親しい人が、マザーの部屋に来て、イスを見つけて、誉めてくれて、イスを持って皆さんが集っている場所へ行き、見せびらかしたそうです。皆さん、うらやましがって、「わたしも、ほしい」と声があがった。「ああ、やっぱり、ね」。でも、ひろみさんは「材料、集めがタイヘンよ」と作り方を教えてあげたそうです。「ほんの小さな出来事が、私にとって大きな喜びになった」と手紙には書いてあった。
★今日は、朝、早めに日記を書いた。午前中から長崎へ出かけます。聖母の騎士で、女子高校生185名に語り部を勤める日です。楽しみにしています。高原修道士さんの運転で行きます。女子高校生たちは、昼ごろ到着して、2時間以上、見学時間に当てていますから、帰りは夕食前になるでしょう。少し雨模様です。女子高校生たちの交流は、明日、書きましょう。

2017年11月7日火曜日

「語らず聴きます」傾聴ボランチア女性。お疲れ様

月に1度、自室に来て、言葉のお相手をしてくださる。遠方から、バスを乗り継いで来られるので、大変です。自分からは語らず、意見をせず、ただ聴くだけ。辛抱もいるでしょう。こちらは何を語ろうか、考える。思ったことを、ポン、ポンと吐き出す。心の荷が軽くなり、自分のアタマの整理も出来ます。ありがたいことです。
★先ず①ホームの生活は、どうですか。②からだの調子は、どうですか。③何か、悩み事とか、心配事がありますか。④楽しみは何ですか。⑤生き甲斐はありますか。ホームに居ても、色々あるね。自分は、何が面白いのだろう。好奇心は、どこにあるのか、など考える。
★ステントの交換があった。これから老いていくと、交換の苦労はどうなるのか、先の事だが、心配になる。どこまで生かされるのか。ホームの規則に素直に従い、人と人との関係を大切にする。イザコザ起こさず、波風たてず、相手に気をくばる。あまり暗いことは思うまい。
★「ブログ、読んでいますよ」とボランチアの女性。「恥ずかしいな」と思いつつも、ブログ(日記)を書くのが楽しみです。「これ、書かないようになったら、トマは、ボケるよ」。そう言われているからね。1時間ほどで、女性は丁寧にお礼をして帰った。「こちらがお礼、しなければいけないのに」。写真、撮らせてね、と頼むと、あまり好まない表情だったが、応じてくれた。

2017年11月6日月曜日

李神父さまの韓国お母さん(ロザリオ・オモニ)来る

ホームの隣、湯江教会での写真です。左から、韓国・ソウルから李神父さまのお母さん。「ロザリオ・オモニ(母)」とトマ修道士は呼びます。いつもロザリオを唱えているから。次はトマ修道士。オモニには、韓国に2、3度行ったとき、お世話になっている。その隣は李神父さまの妹さん。日本の法政大学を卒業しているから、日本語は達者です。後ろと、妹さんの隣の2人は、お母さんの妹たち。日本は初めてなので、連れて来た。デジカメのシャッターを押したのは李神父さま。後で、李神父さまとお母さんの写真を1枚撮ればよかった、と後悔した。
★お母さんが、わざわざトマ修道士を心配して訪ねてくれた。李神父さまから聞いたことがある。「母の生活は、いつもロザリオ。外出の時も、バスの中でも、ロザリオを手に巻いて、車のハンドルを握る。夕食後は、母だけが、ゆっくりと2時間、3時間、お祈りをする」
★韓国ソウルの自宅の壁に、子供の頃から「フランシスコの平和の祈り」が掛けられていた。祈りの下に、「コンベンツアル会」の名が記されている。日本の明治大学を卒業した後、「母親は聖母マリアへの信心が深い。そこからマリア信心を大切にする修道会に入りたいと思った」。念願が叶って、一番喜んでくれたのは、母だった。トマ修道士が韓国へ行ったとき、お母さんは大事そうに、財布を開いて、無原罪の聖母の聖絵と、当時、神学生だった李さんの写真を見せてくれた。いつも祈っていたのだろう。息子のために。
★司祭になった李神父さまは、アシジの聖フランシスコ修道院で過ごした後、今は長崎・聖母の騎士の志願院に勤めている。韓国のオモニ(お母さん)は言う。「普通の神父ではなく、聖人の司祭になれ」
★お父さんはソウルで留守番をしている。李神学生が終生誓願をたてるとき、お父さん、お母さん、妹の3人揃って、聖コルベ館へ来た。「韓国では、長男が親を養うのが当たり前。ボクはそれが出来ない。残された親孝行は、母の望み通りの聖人の司祭になることです」。李神父さまは心の中で、そう思って祈っている。
★あまり時間が少ない面会だったが、韓国オモニは、ほほ笑みと、元気と、韓国饅頭のみやげを残して、惜しむ心でお別れした。

2017年11月5日日曜日

ブラジル宣教の松尾神父、来る。懐かしの、あの地

「やあ、久しぶり、神父さま」「3年ぶりだよ」。自室を訪問してくれた、ブラジル宣教師の松尾神父さま(写真・中央)です。右は案内の湯江修道院の院長・浜田神父さま。左は運転の長崎・聖母の騎士の川渕修道士さん。「ブラジルには思い出がありますよ」
★ずっと以前に、「日本26聖人」の映画を持って、松下修道士と2人で、ブラジルで上映会を開いた。移民の日本人や日系2世などのため、各地で上映して好評であった。お世話をしてくれたのが、松尾神父さまです。千六百Km離れた遠方から、24時間バスに揺られて、見に来た女性も居た。山脈で、老年の日本人司祭は巣箱にハチを飼い、「プロポリス」を生産していた。その司祭は、健在で、今もやっているという。
★その司祭と、若いシスターたちは、山あり谷ありの場所で、診療所や子供の家を建てて、病める者、貧困の子ども達の友となって奉仕の活動をつづけていた。小さな聖堂で、日本語のミサにあずかった。ふと祭壇の脇を見ると、ヒザの高さ程の木の板が立っていた。そこに刻まれた絵に目が釘付けになる。最初は、キリスト像に見えた。しかし、ジーッと見つめていると、それはキリストではなくて、人間の姿であり、私の姿であり、人間が十字架(苦しみ)を抱えている姿に見えた。
★人間は誰しも、このように苦しみを抱えながら、この世を生きている。何ぴとも、苦しみから逃れられない。そこに人間の、苦悩の問題がある。ブラジルには沢山の苦しみがあった。病気、貧困、孤児たち。とはいえブラジルを回って感じたことは、不思議と人間の肌の匂いに触れた思いだった。日本には物があり、豊かだが、無関心、無気力に落ちたかに見える。ブラジルには多くの悩みが有り、痛みがあるが、それらが激しくぶつかり合っている。日本人のシスターの言葉ある。「ブラジルの人たちは貧しいのに、こんなに皆が助け合う国民はないでしょう。自分は貧しいのに、何人の、他の子供の養育も、自分の家庭で行なっているのです」
★ブラジルの山奥で発見した「この絵」は、今も私の心の中に残っている。松尾神父さまに、この絵のことは話さなかった。彼は又、ブラジルに戻る。司祭になって以来、ブラジル宣教に人生を捧げてきた。その業績は尊い。もう老境に入っている。健康に気をつけて、がんばってください。

2017年11月4日土曜日

11月の誕生会。6人を祝う。職員の出し物は、何?

毎月初めの土曜日、誕生会。楽しみだね。職員さんの出し物がある。これは欠かすことの出来ない伝統だよ。
★今月お祝いする誕生日を持つ人は、6人居られた。
★山内園長神父さまの挨拶と、各1人、1人に、拍手の中で、「ハッピーバスデイ」を歌って、花束とお土産を頂く。笑顔があふれて、気持ちが、いいよ。心が乗ってくる。園長さまの先唱で、食前の祈りの「ァヴェ・マリア」。それから待ちに待った職員さんの出し物になる。
★「何の踊りですか?」「スイー、スイー、スイダラ節」「植木ヒトシの、あれですか?」「そう、そう」。音楽がなって、踊りながら、食堂へ入ってきた。この姿なら、盛り上がりますよ。一升ビンを持って、「ハイ、ナンとか、なるさ」。誰が、誰やら、ワカラン。看護師さん、調理師さん、支援員さんだった。皆さん、隠れた才能持っているよ。
★食事のメニュウーは、お赤飯、お刺身、ヒレ肉のソテー、てんぷら、酢味噌の和え、ジュース、どら焼でした。職員の皆さま、ご疲れさま。テキパキとお世話をしてくださった。食事の後は、歌自慢。やっぱり古い歌が多いね。肩の荷が降りたような、足の痛みも忘れたような楽しい一日でした。

2017年11月3日金曜日

町の文化祭。ホームからも出展。絵手紙に特別賞が


高来町の文化祭が今日から3日間行われる。会場は町の役場です。ホームからも、書道と絵手紙の作品を出展しました。ホームから20人近くの人が楽しみにして見物に行きました。瀧神父さまも行きました。会場の建物(支所)の巨大さに、先ずはビックリします。2階と3階に展示され、各グループや、個人の作品が色々な分野で展示されていす。
★去年は、私は書道で「特別奨励賞」を貰いましたが、今年は絵手紙が、同じ章に取り上げられました。ホームの入居者が描いたので、お情けの章と思っています。それでもホームの皆さんが喜んでくれました。「聖フランシスコ園」と書かれた書道の作品もあります。一緒に写真に撮りました。2階には、小・中学生の作品もあり、下の右側の絵は、中学生たちの絵の1部です。この絵を見て、最近の子どもは、絵の書き方もデザイン式になっているのだなァ、と思い写真に撮りました。
★ホームに戻って、昼食後、3階の部屋の仲間が集って、贈り物の冷やした大きな「メロン」を8つに分けて、章の祝いとして食べました。皆さんに喜んでもらうのが一番嬉しいです。今日は本当に好い日です。でも足が痛かった。

2017年11月2日木曜日

死者の日。故人のため祈る。神のイノチの中で生きる

山の修道女院の墓地です。ここには、ポーランド人の司祭、ミロハナ神父さま、サムエル神父さま、カシアノ修道士なども眠っている。私が知っているシスターも「神のイノチ」に入っている。今日は、死者のために祈る日です。
★私がホームに来てからも、ホームで、ポーランド人のローマン修道士(2014年。享年100歳)、五島・久賀島出身のフランシスコ中村修道士(2015年。享年93歳)、五島・水の浦出身のピオ中島神父さま(2016年。享年87歳)が亡くなった。ローマン修道士さんとは一緒にポーランドにコルベ神父のゆかりの地を巡礼したことがある。中村修道士はコルベ神父の時代に入会した人で、心優しい、愛の深い修道士だった。ピオ中島神父さまは、ボランチアの男性の介護で、毎日、車椅子で屋外を回りながら、恵まれていたのに、急に亡くなった。
★生かされているのが、感謝です。「亡くなった両親、兄弟、親族、恩人、煉獄の霊魂ののために、祈るように生かされている」。浦上の古老たちは、そう言いながらロザリオを熱心に祈っていた。死者の供養は、生きている者の勤めでしょう。
★あるシスターの話。亡くなる2週間前、がんの痛みで苦しんでいた。見舞いに来た人が、「苦しい時は、苦しいと言いなさい。ラクになりますから」。シスターは答えた、「ありがとう。どうしても天国へ行きたいから、ガマンします」

2017年11月1日水曜日

諸聖人の祭日。ホームの礼拝の日。幸せと平和を祈る

車椅子の大曾神父さまを押して、教会へ。大曾神父さまはお元気です。食事も全部、食べます。女性職員から大事にされて、見ているだけでも幸せです。もう90歳を越えられた。大曾神父さまのお顔は、本当にキレイで、安らかな表情をしておられます。
★月に1度、ホームには「礼拝の日」がある。今日が、その日でした。カトリックでないホームの人も山内園長神父さまのミサで祈ります。願う心は皆さん、一緒でしょう。カラダの痛みが良くなりますように。長生きできますように。「神さまから出て、神さまに帰る。神さまの永遠のイノチに入る」。それが信仰の基本でしょう。