2018年12月10日月曜日

ホームの介護男性職員が、湯YOUマラソン大会で、ガンバッタ

今どき、あち、こちで、マラソン大会が行なわれている。島原半島の小浜温泉(雲仙市)でも、「第42回・湯YOUマラソン大会」が実施された。我らのホームの介護職員の若者が、「じゃ、我も、我も」と、温泉マラソンに出場して、好成績をおさめた。共に、喜ぼう。
★小浜温泉(雲仙市)は、江戸時代から有名な湯・湯治の温泉で、温泉温度は105度。それにちなんで105mの足湯もある。毎年、花火大会と、マラソンが行なわれているが、今年、初めてマラソンに、4人の職員が参加した。ホーム勤務の休憩時間に走って、体を鍛えて臨んだ。
★約800人が参加する。5Km、10Km、20Kmと、3つのコースがあった。初めてなので、3人は男子(19歳ー39歳)の5Kmに走った。大勢が走ったが、写真の松村さんが2着になって、賞状とトロフィーを貰った。よかったね、このエガオ。後の2人も、6着と、11着の好成績でした。
★松村さんは昨夜、夜勤でした。夜、7時頃に各部屋をノックして、声をかけて回る。私の部屋へ来るなり、「賞状、もらったよ」と嬉しそうに見せた。「じゃ、写真に撮ろう」「いや、待って。あした、他の職員も来るから、一緒に撮ってもらう」
★それが、右の写真でした。20Kmに挑戦した、残る1人の西田さんが、写真に写っていないのがザンネンです。西田さんは19番目の好成績でした。ホームの職員は、こうして体を鍛えて、今度は愛情をもって介護に専念するのです。
★右の写真の名前を言えば、左から、田中さん(未婚)、松村さん(既婚)、青木さん(未婚)。「後は、よか、よめさん、いないかなァ」。皆さん、介護はマジメにやっています。足りないのは、ヨメさんです。
★ホームの職員は、女性が多い。男性の介護は、この4人のほかに、事務長と、年配者を除けば、2人居るだけ。男性は、肩身が狭いが、やる時は、走って、上位入賞さ。頼もしい男性職員さんたちです。
★ホームの職員さんたちを、男性も、女性も、応援してください。私たちは、皆さんにお世話になっています。

2018年12月9日日曜日

長生きの秘訣は「きょう・いく、きょう・よう」。それは確かだ

待降節第2主日。朝のミサ。祭壇の前のローソクに、2つの灯がともされた。主の降誕が近づいているのを感じる。
★昨日は、8日。誕生会を日記に書いたが、教会では「無原罪の聖マリアの祭日」をお祝いした。ミロハナ神父の教えによると、コルベ神父は、この祭日を最も大切な出来事として迎えていた。コルベ神父がこだわったのは、「けがれなき聖母=インマクラタ」だった。このタイトルを常時、使っていた。コルベ神父は、マリアの呼吸で生きていた。
★コルベ神父の言葉「私が、マリア、マリアというのは、マリアの心をもって、イエスを愛したいからです」「けがれなき聖母のために、私たちは喜びをもって全てを行ない、喜びをもって苦しみましょう。私たちが日常生活において出会う全ての辛さを、けがれなき聖母に対する私たちの愛を深めるために受けとめましょう」
★もう1つ、8日は、「太平洋戦争が始まった=真珠湾攻撃の日」だった。私は、当時、13歳。長崎大学病院の外科病棟で、入院中に、このニュースを聞いた。「いよ、いよ、戦争だ。ニッポンが勝つぞ」と皆が勝どきを揚げていた。今、考えると、「井の中の蛙(かわず)」で、日本人は外国のこと、アメリカのことを全く知らなかった。敵を知らずに、勝算は無かった。戦争は2度と起こすべきではない、老人は頭を下げて、強くそう思う。入院中に、私のベッドによく見舞いに来ていた娘さんがいた。永井隆博士の妹さんだった。遠い過去の思い出である。
★昨日の朝日新聞に、心引かれる1文を読んだ。ある訪問診察のお医者さんの小文である。「長生きの秘訣は何ですか?」と問われると、次のように答えている。「『きょういく』と『きょうよう』です」と。
★きょういく=(漢字の)教育ではない。「今日、行く」。今日、行く所がある。つまり自分の居場所がある。次の、きょうよう=教養ではない。「今日、用」件がある。つまり生活者として、自分が必要とされる役割がある、というのです。
★この発想が、強く心にひびいた。何かのコメントにも使えるな、と思った。きょう・いく=今日も行ける場所がある。きょう・よう=きょうも人のために何かを尽くす用件がある。結局、『きょういく』と『きょうよう』が、その人の生きる喜びになり、生き甲斐となる。つまり、これが長生きの秘訣となるのです。
★ホームに居ると、受ける側で、人に与える機会がない。動ける間は、自分が出かけて行って、人のため何かを尽す場所、そんな役割が欲しいと願う。
★自分に存在感が、ない。そりゃ、人との『つながり』がないからだ。「喜んで、お手伝いします」。行動する者が長生きする。人は老いても、生き甲斐は欲しい。

2018年12月8日土曜日

ああ、今年の最後の誕生会。それに加えて忘年会。喜びだ

12月、今年・最後の誕生会。合わせて忘年会。昼食はホームの入居者が全員、食堂に集まりました。山内園長神父さんが「今日は、マリアさまの日、皆さんのお母さんの日」と言って、食前の祈りに「アヴェ・マリア」を唱えました。挨拶に「マリアさま、コルベ神父」の話も出て、「カンパーイ」と大きな声で盛り上げた。12月の誕生を祝うのは、女性2人に、男性1人でした。「ハッピバスデイ」。元気に歌った。
★さあ、さあ、お待ちかねは、職員さんの出し物だよ。「おさるの、かご屋」でした。介護の男性、トマの部屋の係りでもある青木さん、栄養師さん、洗濯の女性職員さん、「おさるの、かご屋は、エーッサ、ホイ、サッサ」。チョウチンさげてハイってきた。食堂内を1巡して、踊りました。「おだわら・チョウチン、ひっさげて」。おだわら・チョウチンというのは、閉じても、そのまま収まるんだそうですね。「発案はダレね?」。栄養師さんでした。とにかく皆さん、喜びますよ。出し物が出ると、安心する。恒例ですからね。踊っている場面も写真に撮ったけど、載せないよ。
★お祝いの会食は、3つに分かれる。牛肉のすき焼き、豚肉のすき焼き、魚の鍋料理。私たちの食卓は、牛肉のすき焼きでした。和牛だよ。4人で食べる。やっぱり楽しいね。忘年会でも、あるからね。600gと書いてあった。これだけ食べれば充分でしょう。瀧神父さんは「野菜が、いい」という。すき焼きが終わる頃、ノド自慢の歌が出る。「95歳、いい声、しているね、女性だよ」。最後に、瀧神父さんが手を挙げた。マイクを持って、お正月の「替え歌」で、「早やーく、こい、こい、クリスマス」と歌って、喝采をあびた。見ていたら、園長神父さんが喜んで、両手を大きく開いて拍手をしていた。こういう人生に機転のきく才能がある人は、やっぱり、いいね。周りを楽しくする。
★準備する職員も大変です。ご苦労さまです。「忘年会」といっても、ホームの老人たちは、本当に懸命に生きている。シンドイけど、エライと思うよ。

2018年12月7日金曜日

役目を終えて、美しく広がるイチョウの葉。ああ、今年も終わる

ホームの直ぐ下にある神社。左側に1本の大きなイチョウの木があるが、すっかり葉が落ちて、ごらんの通り、イチョウの落ち葉で、キイロに埋め尽くしている。「高原さん、車、止めて」と、写したのが、この写真です。この落ち葉を見て、「ああ、今年も、もう終わりや、な」と思います。
★今年は、いい年だった。神にカンシャ。先ず、ポーランドの勲章を貰ったモンね。思いがけない勲章だったよ。「天国に、クン章、イラナイよ」。ゼノ修道士の声が聞こえる。それでも有り難い。ゼノ修道士の映画(ポーランド制作・30分・証言で綴る)も完成した。ゼノさんを、誉めて、褒め上げる証言ばかりだった。ゼノさんのような温かい優しい心の修道士は、もう再現しないだろう。勲章も、映画も、長崎新聞に大きく掲載された。
★今年も、語りべの役目を果たした。小学校と、女子高校生への語りだった。若者に出会うと、若さのパワーをもらえる。生きている喜びを感じる。「いのち、大切に」「友だちと、仲良く」。これが伝えたいホンネです。若くして、イノチを絶つこと、これがイチバン悲しい。惜しい命だよ。これから花開く人生だよ。声をダイにして伝えたい。生きておれば、花は咲く。「ひかげに咲く花もあるんだってね。いいじゃないか。花は、花だもん。それでも、よか」
★ホームの職員さんたちが「忘年会」を開いた、と聞いた。30数人が集って、盛り上がったそうだ。園長神父さんが居て、理事長神父さんが居て、園医のお医者さんも居て、事務長・介護職員の夫妻が、誕生会で踊った踊りを上手に再現して、思っただけでも、いい雰囲気が感じられる。
★12月4日は、養護老人ホーム聖フランシスコ園の創立記念日ということで、大きな紅白マンジュウを箱入りで頂いた。創立58年になるという。その以前に「養老院」として既に存在した。終戦と共に始まっている。その頃から、トマは老人たちに接して、知っている。長い歴史がある。
★職員たちも喜んで働ける。世話を受ける老人たちも安心して暮らせる。それが良いホームです。カトリック信仰の恵みに守られている。
★明日は、土曜日。ホームの誕生会があり、忘年会も兼ねて行なう。すき焼き、だそうです。さあ、明日は、どんな職員の出し物で沸くか、な。

2018年12月6日木曜日

聖母の騎士の霊性に、こだわる。自分に何があるのか。苦慮する

2日前、匿名さんからのコメントに、「聖母の騎士の霊性が、トマ修道士のうちに、ありますように」とあった。
★それについて昨日は、ナニ、カニ、と記述しました。しかし、何かが、私の心にヒッカッかっているのです。ぺラ、ぺラと、本から取って並べただけでは、説得がない。自分でもピンと来ない。うわべだけの流れです。キレイな言葉の羅列です。そうじゃなくて、聞いたり、読んだりでなくて、トマの、体験した、肌から出る「にじみ汁」というか、自分の受けた、痛んだ、響いた中から湧き起こる、霊性というか、それを考えつづけました。
★自分の魂に響く言葉。魂を奮わせるほどの一句。それが、ほしい。感動です。何に感動するか。常日ごろ、見ている風景、感じる出来事、そこから一瞬、パッと、ひらめくものがある。それが人生に、シュン発力を与える。
★日記を読んで、反応を返すのは、同じ食卓の瀧神父さんです。「神父さん、あなたが、あの『聖母の騎士の霊性』、書いたの?」と聞いた。「私は、コメント、書かないよ」
★考えました。今の自分の心境を、ひと言でいえば、やっぱり①「生かされて、今日も、生きる」。これは確かです。これが今の生活であり、言葉です。次に、もう、一つ、ある。②「苦しみは、のち、神の喜びと、なる」。これも、今、感じ、体験している過程です。苦しい事はイッパイある。本当です。でも、希望を持っている。それは信仰です。
★あと、もう1つ、なにか、ないか?そう思うとき、届いたのが、1通の手紙だった。
★2010年10月、京都で、1人の女性に出会った。そのことは全く忘れていたのに、8年ぶりに手紙が来たのです。書かれていた言葉が、「受ける恵み、与える愛」です。当時、聖コルベ館に居た頃の私の手紙には、最初に、必ず筆字で、この言葉を記していた。この言葉を身近に感じていた。最近は、殆ど使っていない言葉でした。そうだ、これが、あった。
★③「受ける恵み、与える愛」。沢山の恵みを受けて、今がある。与える聖コルベの愛が迫ってくる。無償の愛が追いかけてくる。私の人生、これらから逃げられない。匿名さん、私にとって「聖母の騎士の、トマ修道士の霊性」は、この3つです。この言葉が要約です。美辞麗句を並べても、チカラが、ない。この言葉が、トマの肌、心に感じる。
★昨日は、諫早総合病院へ診察へ行った。お医者さんから腹部のレントゲンを見せられる。腎臓に、10円程の黒い影がある。これが、そのまま、ジーッとして居ればいいが、そこから異物が出てくる。仕方がない。方法はステントの入れ換えです。1月の予定だったが、調子がよくない。「早めに入れ換えをお願いします」。18日に入院を決めました。「苦しみは神と共に」。安らかな気持ちで生きつづけたい。

2018年12月5日水曜日

生きるのには責任がある。祈り、耐え、喜び、愛しましょう

教会では、「待降節」に入った。主の「ご降臨=ご誕生=クリスマス」を「待つ」季節という意味です。今週から、ミサのとき、祭壇の前の4本の「ローソク」に、1本だけ灯がともされます。来週は、2本。次の週は、3本と増えて、4本目まで灯される。そして「降誕節」に入る。もう直ぐ、クリスマスですね。心の準備も必要です。
★今日は、諫早総合病院・泌尿器科の診察がある。高原修道士さんの運転・介添えで出かけます。医師に相談したい件もある。心配事も、ある。
★「幸せって、なんだ?」と考えました。「人に尽くす人が居るって、いうことなんだね。親身に。それが返ってきて、自分も幸せになる」。今の心境は?「九十にも、なったんだ。あわてずに、ゆっくりと、考えつつ、受け入れて、進もう」
★昨日の「コメント」に、匿名さんから、こんな一文があった。「『聖母の騎士の霊性』が、トマ修道士のうちに、ありますように」。有り難い、コメントです。神妙に受け入れた。忘れては、いけない。「聖母の騎士の霊性」「原点に帰る」「コルベ神父の無償の愛」「けがれなき聖母マリアへの愛と奉献」「アシジの聖フランシスコに倣う熱意」「修道士であること」。次々に、湧き出てきます。
★今朝、黙想のとき、「父なる聖フランシスコの霊性」の箇所を読みました。(ホアン・カトレット神父著、による)。「最も目立つ特徴は、『イエスへの情熱的な愛』です。聖フランシスコの『完全な喜び』は、イエスのために侮辱を忍びながら、十字架への愛に生きることです。聖フランシスコは全てのことを、謙遜に、純粋に、貧しさのうちに果たす聖人です。全てを『喜び』の精神で照らし、そこからフランシスコ会の楽観主義が誕生した。つまり神が創造した大自然を賛美し、愛し、鳥たち、魚たち、狼、花や、星などを『宇宙的な優しさ』によって仰ぎ見、人間だけでなく全ての被造物を『兄弟姉妹』として愛した。植物、動物、石まで、聖フランシスコから敬われた」
★生きることは、大きな責任がある、とトマ修道士は考えます。祈りましょう。耐えましょう。十字架を愛を持って抱きましょう。今日も、愛を果たす一日です。

2018年12月4日火曜日

濱口さんの自宅で、また食事。還暦の「写真集」が立派に出来るぞ

濱口さん夫妻の自宅に呼ばれた。ホームから300mぐらい。一緒に、3度目の食事である。1回は、障碍者の食堂で、食べた。「トマさん、何が、いいの?」と聞かれる。「この間はサカナだったから、牛肉の野菜炒め、それに卵焼きで、いいよ」「タマゴ焼き、好きなの?」「ホームでは時々しか、出ない」
★奥さんの則子さんが、来年、還暦を迎えるという。4人、子供が居て、「こんな本を贈りたいの」と、大型の絵本を見せられた。その時、長年の取材の経験が、もや、もやと、胸に盛り上がって、「写真集を作ってみよう」と思い立った。それで夫妻の生活写真を数枚、集めている。
★濱口さん夫妻は、鍼灸・整骨院を開院している。祖父も、この地で、同じ仕事をしていた。「じいちゃんは、言っていたよ。『お灸は、身を焼くにあらず。人の心を、ともす灯なり』ってね」「それで、アンタたちは、どうなの?」。夫妻は顔を合わせて、言った。「痛みを取るだけでなく、身も心も癒し、エガオになって、帰られる姿を見るのが、私たちの喜び」
★濱口さん夫妻と昼食をご馳走になりながら、私の、北朝鮮の頃の思い出から、骨盤カリエスを病んで、母の実家があった浦上へ帰ったこと、肋骨カリエス、脊柱カリエスなど次々に病んだこと、母親の苦労など語った。
★「トマさんは、好きな食べ物、あるの?」「あるよ。牛肉のテンプラだよ」「え、え?そんなの初めて聞いた」「うちは精肉店だからね。母が、よく牛肉のテンプラを食べさせた。おいしかった、な。母親の味だよ」
★則子さんの還暦の「写真集」も、大体、出来上がった。いい、思い出になりそうな立派な写真集が仕上がりそうです。
★長崎・原爆資料館の継承協会から、電話があった。「小崎さんの原爆体験を、アメリカ人が知ったそうです。ぜひ、お会いしたいと願っています。協力して頂けますか」「ああ、なんとか、がんばりましょう」
★明日は、諫早総合病院・泌尿器科へ予約の診察です。最近、調子が良くないので、どうなるか。気にしています。