2020年7月9日木曜日

ひとつ、ひとつの、つみ重ね。それが、今の人生。それで、満足

今朝、5時過ぎ、教会へ。庭に出ると、歳老いた女性が、自分の部屋の扉を少しあけて、身体が庭に横たわっていた。びっくりだよ。何時頃、こういう姿になったのか。
★「どうしたの?」と声をかける。倒れた女性、うつろな目で、「トイレは、どこ?」。ただ事じゃ、ない。急ぎ、教会へ入り、「高原さん」と、修道士さんを呼んだ。次いで、夜勤の職員、早番の職員が来て、女性を助けた。
★思った事は、老人は、誰でも、いつ、なんどき、変わるやも知れん、だった。この女性は、最高齢なのに、押し車で毎度、食堂にも来る。時には教会へも祈りに来る。到底、アタマの上がらぬ、尊敬、模範的な、シャンとした、しっかり女性だった。
★それが、やはり、老人になると、急な変化が起こるので、油断はできぬ。今朝、学んだ衝撃的な出来事だった。女性は、朝食も、昼食も、平常の態度で、食していた。安心したよ。
★老いるとは、身体機能が失われて行く。もがくな。あげくな。受け入れるしか、ない。それでも、なお、1つの出来事を見詰めて行こう。毎日、1つ、書けることを見つけて行こう。1つが重なれば、大きな数になる。ぼやッと、生きるか。アンテナを立てて、生きるか。
★「1日、ヒトツ、何かを、する。1年たてば、365。すばらしい痕跡じゃ、ないか。時折、心に浮かぶ感想です。日記を書くのも、そのヒトツ。書かなきゃ、何も、無い。書けば、365の、痕跡が、残る。これは思い、希望ですけれど、ね」

2020年7月8日水曜日

旅した当時、チェコの通貨は、コルナ(冠)=コロナでした

2003年9月、チェコのプラハに旅した。旧市街は、トルコの商人が、この広場で商いをした。広場には、土産物店、屋外レストラン、建物の壁に、大きな中世式の時計があった。当時の考えでは、この広場は、アジア(トルコ)とヨーロッパの境目と言われていた。旧市街のすぐ近くに、私たちの修道会の修道院があった。
★1人旅だったので、プラハに住む日本人の会社員に案内を頼んだ。修道会・修道院の素晴らしさに驚嘆する。みとれた。三層の壁、豪華絢爛の本祭壇。天井に、聖母マリアのご生涯の壁画があった。神父さんが出てきたが、「忙しい」と言って、加勢に来ていたポーランド人神学生が案内した。神学生は言った。「昔、修道会は、チェコからポーランドへ伸びた。今はポーランドからチェコに来ている」。教会は、聖ヤコブ使徒に捧げられて、13世紀に建てられた。しかし火災で焼失する。今の教会は18世紀に再建された。火事で、焼け残ったのは、聖アントニオ、ピエタ、茨のキリストと説明した。
★「忙しい」と、姿を隠した神父さんが、後になって姿を現わした。神父さんが言った。「青年の頃、ゼノ修道士が、貧しい人を助ける話を読んで感激した。共産時代、宗教を抜きにして、ゼノさんの福祉の心はチェコにも伝えられた。私は、ゼノ修道士の心に感動して、この修道会に入った。68歳になる」。こんな場所で、ゼノの話を聞こうとは思わなかった。さすが、ゼノさんだ。
★トマが、「ニッポン、長崎、コルベ、ゼノ」と前置きして、「ゼノさんと生活を共にした。私は75歳」と言うと、神父さんは、ハゲ頭を両手で覆って、「おお、兄貴だ、尊敬する、ゼノさんと生活したのか、うらやましい」と、しっかりと握手を求めた。
★更に、神父の「おまけ」がある。「これはジョークだよ。アメリカ人は、日本人にタバコの箱を渡した。箱には何も入っていなかった。日本人は、アメリカ人にオルゴールの機械を入れて返した。日本人は、アメリカ人より素晴らしい技術を持っている。アメリカ人はカラの箱だ。日本人には立派な中身がある。私は日本人が好きだ。尊敬するよ」と、また握手を求めるのだった。なぜ、アメリカ人を低く評するのか、わからない。このチェコの出会いは、トマの記憶に残った。
★なぜ、今日は、このチェコの話を書いたのか。実は、当時は、チェコの通貨は「コルナ・冠・コロナ」だった。旅のノートに記してある。バス・電車賃・90分で、12コルナ。タクシー初乗り、22コルナ。ホテルは、650コルナと表記。公務員、学校教師の給料は、月に、1万5千コルナだと、日本人の会社員が教えてくれた。彼の給料は、いくら?確かに、高給だった。

2020年7月7日火曜日

ホームのタナバタ。込められた願い。平穏、無事、お札に込める

ここ数日、雨ばかり。昨夜は、豪雨だった。部屋の気温は27度。昼前から、雨は上がった。今夜は「七夕」。星は見えないだろう。
★ホームの玄関に、七夕が飾られている。ホームで暮らす人びとは、どんな願いを持っているのだろう。興味が湧く。下がっている札を見る。先ずは、社会に目が向けられる。
★「コロナが早く収束しますように」「医療従事者ちが安全に守られますように」「令和の年が、よい年になりますように」。みな、考えている願いは、いっしょだ。
★その次には、ホームの生活での願い事がくる。「仲よく暮らせるように」「幸せになるように」「食事が、おいしく、食べれるように」
★それから自分の事になる。健康であるよう、病気の痛み・悩み事が、ぶらさがる。「病気が早く癒されますように」「腰の痛み、肩の痛みが、癒えますように」「元気が出ますように」。誰でも、願いは同じだろう。中には、こんなのも、あった。「わたしは、何も、しきれんけど、毎日、楽しいです。幸せです」。達観して、受け入れる。いいね。満足して、長生きに、感謝する。いいね。「近くで、いいから、旅行がしたいです」。ささやかな願いも、ある。
★次に来るのが、家族の事でしょう。「子供に、いつか、めぐり逢うえますように」「子供、孫たちが、平安、無事に過ごせますように」。ホームで暮らす人は、語りはせぬが、いろんな事情を抱えている。
★トマは、何を書いたって?もちろん、コロナのこと、ホームで幸せに暮らす事を願いました。平凡だけれど、それで、いいのだ。
★「みっともない、生き方は、したくない。まイチもんじに、行く。どういう形で生きようとも、自分の人生だ。弱さ、痛みを、かきわけて、進むしか、ない」

2020年7月6日月曜日

聖マリア・ゴレッティ。この日に、いつも思い出す女性がいる

今日は、教会では、イタリア人の少女、聖マリア・ゴレッティおとめ殉教者の記念日です。この日がくると、毎年、1人の女性を思い出すのです。人は、生涯に、恩を受け、深い痕跡を残す人が居ます。その女性は忘れない人です。
★女性は、長崎駅近くのカトリック売店で買い物をしたのが縁で、日本26聖人教会で、要理を習うようになり、洗礼を受けた。その時、戴いたのが洗礼名が、聖マリア・ゴレッティでした。女性は、長崎のバス会社に勤めて、ガイドになった。もう40年程も前で、当時は時代の流れで、団体の巡礼が始まった頃でした。
★トマは、長崎オラショの旅を企画・実行した。およそ20年にわたり行ない、長崎・外海・平戸のガイドは、この女性の専属に頼みました。イキもピッタリ合って、巡礼者には、好感度を与えました。巡礼開始から番号を数えて、千人目の人は、青森県弘前の女性だった。そうした思い出もある。
★バスは、大型でなく、中型バスを利用した。長崎や外海の道幅は狭い所がある。好都合でした。
★あれから40年、昨年、長崎・聖母の騎士で、久しぶりに会った。こうして写真を並べてみると、やはり歳月の流れを感じますね。女性の結婚式は聖母の騎士で行なった。男、女、2人のお子さんも成長した。
★マリア・ゴレッティ、忘れない。女性もトマの事を覚えてくれて、毎年、みかんの頃になると、葉が付いた大きなミカンをホームに贈ってくれる。人生は、長いね。いろいろな出来事が起こるね。老いは重ねても、むかしの心意気は変わらないね。
★今朝、読んだ伝記によると、マリア・ゴレッティは、三百年ほど前の少女で、幼くして父は病死。母は貧しく働いた。少女は信仰に熱心で、神にわが身を捧げていた。12歳の時、同居人の青年から暴行されて、激しく抵抗し、ナイフで刺された。「彼を赦します。一緒に天国へ行きたい」と願いつつ貞潔の殉教者となった。青年は30年の刑期を受けた。最初は改心しない。夢を見る。「わたしは、あなたを赦します」。彼は改心した。列聖式に、母親が参加した。めずらしいという。青年は刑期を終えて、修道院に勤めて、列聖式には、自分の場で祈ったと記してあった。

2020年7月5日日曜日

教会で祈る。お説教を聞いて癒される。よし又、頑張ろうの気持ち

静かな日曜日。朝、ミサの司式、お説教は、瀧神父さんだった。大きな声でのお話。「人の苦しみ、痛みには、2つある」というのが出だしだった。「2つ」というのが興味をそそる。お話の内容は、トマが理解したのは、こうだった。
★「身体的な苦しみと、精神的な苦しみ。後者の方が痛みが大きい。それを理解するには、聖書を読み、又、イエスの生涯は、どうだったのか、それは苦しみの連続だった。『この杯を我より取り除き給え。されど我が意のままにあらず。御父のみ旨のままに』受けられた。私たちも、主に従わねばならぬ」
★朝食・食卓での話題は、熊本の球磨川の氾濫だった。大変な被害があった。瀧神父さんに「今朝のお説教、良かったよ」と言おうか、ノドまで出たが、黙して語らなかった。
★昼食の食卓で、最後に、トマは思い切って言った。「瀧神父さん、今朝の話は良かったよ。話にムダがない。教会に行って、求めるのは、癒しでしょう、安らぎ、よし又、ガンバロウの元気でしょう。修道士も信徒もそれが欲しい。答えの原点は、聖書であり、イエスの生涯にある。主も苦しまれた。血を流された。自分も、一滴の汗、一滴の血をながそう。それで、やる気が出てくる、癒される」
★瀧神父さんは答えた。「トマ、時々、意見、言ってな。説教は、15分。だんだん10分と、短くなる。ハ、ハ、ハ、難しいよ」
★「不幸であっても、苦しみの意味を見い出して、今、有るのは幸いと、感謝する。それが宗教の基本でしょ」。トマは、そう思う。

2020年7月4日土曜日

盛り上がったよ、誕生会。ハッピ姿に、ふしぎな仮面、がんばれ

誕生会だよ。今月、誕生日を迎える人は、2人だった。この日ばかりは、みな、ウキ、ウキだよ。
誕生日、うれしいね。ゴチソウも出るしね。
職員さんの「出し物」もある。
「なんば、すっと、ね?」
「尻、相撲たい」
「へぇ、ふとか、シリばね」
食堂に入って来た4人組。
「ももたろうサン、ももたろう」を歌いだした。
それが終わると、2人が、背中合わせで、ふとか、お尻ば、突き出した。そりゃ、お尻のふとかモンが勝つバイね。
食堂の中は、大きな笑いが起こる。
「やるバイな」
「負けちゃ、おられん」
そこへあらわれたヘンなヒト。月光仮面か、はた又、星の王子さまか。カッコウは、いいね。コロナ退治に来たのかな。頼もしいな。オレたち、子供の頃、こんなヒト、居たかな?猿飛佐助は、居たな。
★人、それぞれの人生、誕生会を迎えて、長生きして、人は、生きるに価値がある。自分の人生、よかったよ。それぞれに達成したよ。それで、いいんだ。これから先も、喜んで生きる。何かを、実らせる人生を、最後まで目指そうじゃないか。白髪になっても、シワが寄っても、そう気にするな。みんな、みんな、神さまの愛に包まれている。
★おごちそうは、お赤飯、お刺身、長崎和牛が出た。おいしかったよ。シメは、地元の有名な「水まんじゅう」だね。ツルン、ツルンした、表面の肌触り。中にアンコが入っている。轟の瀧から流れる清水で作られた。
★食事が終わると、歌が出る。「お星さま、キラ、キラ」。もう、すぐタナバタだね。願い事は、イッパイあります。午後から、竹に、願いのお札をつるすそうです。
★「だれにも、じゃまされない、心の平穏、それを常に持って、生きる」。どこかで聞いた声に魅せられる。

2020年7月3日金曜日

チャンスが来た時、ヨイショと、飛べ。人生、そういう時がある

3日前の日記に、この絵を入れるつもりでした。インク切れのため、プリンターが操作しない。色の、イエロー(Y)、ライトマゼンタ(LM)が無くなっている。男子の職員さんに購入を頼んだ。昨日の夜、職員さんが持参したので、プリンターで出した。個別のインクの値段は、結構、高価だった。ホームに居ても、いろいろお金がかかります。
★「ツライことが起こっても、いいことも付いてくる。希望を失うな」。その心を持ちたいです。いい事も、ありますよ。生きているからには、ね。人生、そういうモンです。「ヨイショ」と、乗り越えよ。助けてくれる人も居る。
★振り返れば、誰の人生にも、1度や、2度のチャンスは有るんですね。そのチャンスを逃がすな。ウマク、それに乗って、豊かな人生を切り開いていく。長い人生だからね。イノチを大事にしたい。若者が自死するのは、本当に悲しいよ。今は、ツラクても、時が経てば、良い幸せも有るのに、道はつながっている。
★今日は、教会では、聖トマ使徒の祝日です。イエスの直弟子の1人です。午前中、ペトロ・イシトク神父さん(東京・赤羽教会)から「おめでとう」の電話が入った。「いや、トマはトマでも、ボクは日本26聖人の聖トマス小崎(十五歳の少年で、長崎で殉教した)だよ」「ああ、そう、なの」。それから延々と30分は話がつづいた。
★写真の通りだよ。背丈は一緒。仲良い2人。歳は違うけどね。51歳。最初、聖コルベ館に訪ねて来たのは、8年前になるかな。ルーマニア人。トマは、このペトロ神父と手をつないで、ルーマニアの教会を巡礼するのが願いだった。この格好で、ルーマニアを回れば、愉快だよ。残念、行けないのが、いまも悔やまれる。
★「トマの名前の間違いでも、電話をくれて有り難う。覚えてくれていたんだね」。ペトロ神父さんは「こころ優しい人」。しかし困ったことには、日本へ来て、10キロ体格が増えた。「ダメだよ。ウナギ、好き?」「ああ、だい好き。3人、5人の友だちと、食べに行った。おいしい」。(ウナギの話で、電話を終わるなんて、おかしかバイ。ハ、ハ、ハ)