2017年9月26日火曜日

秋の野の「かかし」。フランシスコは叫ぶでしょう

先日、山の施設へ行く途中で、珍しく野に「かかし」を見つけた。車を止めてもらって、秋の風情を写した。
★明日、27日から、10月の5日まで、入院します。湯江教会では昨日から、アシジの聖フランシスコの祭日に向けて、9日間のお祈りが始まっています。ミサの後で、お祈りをします。祭壇の脇に、聖フランシスコのご像も安置しました。10月4日が、その祭日です。入院中のベッドで迎えることになります。
★聖フランシスコは、太陽も月も、金持ちも貧者も、オオカミ、小鳥などの動物も、兄弟姉妹と親しく呼びかけて、愛でました。おそらく、この「かかし」を見ると、「おお、兄弟姉妹よ。神さまの愛を皆さんにも」と走って近寄ったでしょう。「兄弟、トマよ。行って、おいで」と声が聞こえる。「何も心配はいりません。神さまが、お守り、導いてくださいます。すべてを委ねましょう。安らかな気持ちで行きなさい。自分の十字架を背負いなさい」
★荷物も整いました。無呼吸の機械一式を持参するので、バッグの数が増えます。高原修道士さんが自室に打ち合わせに来ました。明日は、9時に出発です。
★ブログをお読みの皆さん、力添えのお祈りをお願いします。

2017年9月25日月曜日

集まりで喜びは湧く、入院の準備に悩みも出る

昨夜は、湯江、小長井地区の修道会の皆さんの集まりがあった。山内園長神父さまの修道名を祝いました。写真が、その風景です。何が出てくるか、テーブルの上には、まだ何もない。そのうち、何かの食事と飲み物が出るでしょう。修道士が4人、司祭が5人。私にとってはホームで食事をするよりも、雰囲気が違う。何よりもホットして、肩の力が抜ける。同じ魚の仲間が泳いでいる気持ちです。楽しいひと時を過ごしました。呼ばれて、仲間の集いに戻れるのは、ありがたいことです。
★今朝は、教会で、「教会の祈り」「ミサ」の始まる前の静かな時に、数日後に控えた入院を考えました。やっぱり気になるよ。思ったね。「残る老いの人生、じょじょに、痛みや不便さが増えていく。それを1つ1つ乗り越えて行こう。今の心境、それしかない」
★総合病院に入院するのは、2回目ですから、要領は分かっています。午後からバッグを出して、必要品を揃えた。バッグの、チャックを開け閉めする部分の糸が外れかかっている。久しぶりに裁縫箱を出して、針に、白い糸を通そうとするが、目がかすんで糸が中々通らない。やっと通して、外れた部分を縫い始めた。「なんか、さびしい、気分に、なったよ」。2度、糸を通して縫い上げた。
★さあ、立ち上がろう。負けないぞ。体力、気力。そして信仰。

2017年9月24日日曜日

山内園長神父さまの修道名は「パチフィコ」です

敬老の日の写真です。山内園長神父さまと、勤続20年の2人の職員です。左が看護師さん。右が「はな」ちゃんのお母さん。実は、今日の主題は、山内園長にあります。
★今日は、山内園長さまの修道名のお祝い日です。修道名は「パチフィコ」と言います。アシジの聖フランシスコが修道会を創立した時の最初の仲間12人のうちの「兄弟パチフィコ」です。詩人だったそうです。ミサの時に紹介され、祈りました。また昼食の時には、食堂で全員に紹介されて、大きな花束と何か白いものを貰いました。園長神父さまは嬉しそうで、コメントで、勤めて11年になる、と言ったが、歳は言わなかった。多分、81歳でしょう。
★今日は、日曜日。2番目の9時のミサの後で、続いて「聖体の永久礼拝」が行なわれた。長崎教区には、司祭が定住する教会は、88ある。1年間に、4月から来年の3月末まで、日曜日は、53ある。そこで毎日曜日に、88の教会を振り分けて、当番を決めて、どこかの教会でミサの後、「聖体礼拝」を行なっている。今日の日曜日が、湯江教会の担当でした。主任司祭・山下神父さまが、御聖体を安置して、聖歌、福音、ロザリオ、聖体祝福、賛美を行ないました。ですから長崎教区では、日曜日には、どこかの担当の教会で「聖体礼拝」が行なわれ、1年を通して、長崎では、どこかの教会が祈り、聖歌を捧げています。これを「永久礼拝」といいます。
★深夜に、93歳の男性が亡くなった。お通夜、葬儀はホームでは行なわれず、今朝、9時のお迎えの車が来て、ホームの皆さんは玄関に集って、お祈りをして見送りました。園長神父さまの話では、30年近くホームで過ごした。それを聞いて、その年数に驚きました。私が来た頃は、お元気で、入浴も時折一緒でした。老いの体力の変化は、いつ、どうなるか、わかりません。冥福を祈りました。
★今夜は、楽しみがあります。修道院で、山内園長神父さまのお祝いの夕食の宴が行なわれます。修道者だけの気楽な会食になります。

2017年9月23日土曜日

思い出深い、山の養護施設の空気は、今も清純だった

秋分の日。山の養護施設では、園のお祭りがあった。私は、2度にわたって、11年間と、6年間、合わせて17年、この山で生活しているので参加した。
★知らせてくれたのは、藤下先生だった。「一緒に行きましょう」と、ホームに誘いに来てくれた。施設の児童も少なくなって、子供の日など賑わっていたが、今年は見送った。その代わりに、今日、同じような屋台が実施された。山の修道女会のシスターたちも、参加した。施設の子供たちを見ると、彼らは未来に夢を描きながら、元気に育っている。屋台は楽しみでもある。カレー、焼きそば、たこ焼き、焼き鳥、アイスなど、テントが張られ、サービスが行なわれた。私も、おいしく頂いた。
★私の後の6年間は、施設の別棟に、施設の子供たちだけが通う私立の小・中学校があって、そこに勤務していた。施設の児童たちは、それぞれ悩みや寂しさや、親恋しさなど、小さな胸に大きな課題を抱えていた。それに応対し、教育する我々も大変な苦労があった。校長を勤め、藤下先生は教頭だった。当時の児童には一言で言えば「豪傑」が多かった。彼らは、その後、どうなったのか。今日は、園長室で、その話も聞いた。ある男の子は、施設の学校や、施設でも苦労が多かったが、卒業後は、幾多の試練を得て、結婚式に呼ばれた。彼は晴れの舞台で、自分の育ちと社会生活を赤裸々に語り、最後に、新郎の彼は、母親に向かって、「私は、母親から1度も抱かれたことはなかった。それでも、私を、産んでくれて、ありがとう」と花束を渡したという。私もよく知っている子だった。「あの子が、ねぇ」。人間、変わるものだなァ、と感動した。
★山の生活で、私は6年間、1日も学校を欠席しなかった。風邪も引かない。その原因は、清純な空気、山の爽やかな風にあったと、今日は感じた。藤下先生も帰りの車で言う。森林浴で元気が出たんですよ。
★ポーランド人シスターや、ベトナム人のシスターとも語り合った。ベトナムから両親が修道女院へ訪ねてきたが、福岡空港の都会から、山また山を越えて山、この山に連れられて、びっくりしたと笑っていた。
★いろんな人に出会えて、楽しい1日を過ごした。幾分、前もっての、ステント入れ換えの慰めと、気力になったと思っている。

2017年9月22日金曜日

来週は、ステント入れ換え。これなく生きられない

来週は、入院します。腎臓からボウコウに長い管(クダ)=(ステント)が入っている。そのお陰で生きている。6ケ月経つと、新しい管(クダ)と交換しなければいけない。入れ替えないと、尿が出なくなることがある。この交換の入れ換えで、私は生きている。以前は、1泊の入院、日帰りだったが、最近は、からだの事情で、1週間ほど入院して、入れ換えをします。だから辛いのです。私にとっては、1つの十字架です。もう20回ぐらいは行なってきているだろう。耐えるしかない。ジーッと我慢すれば、心は安らぐ。
★最近、日記に取り上げている下関の尚子さんから電話があった。「トマさんのことば」が着きました。読んで、感動しました。成長する5人の子供たちに、1冊づつ持たせたい。送ってもらへませんか、の願いだった。「残念ながら、本は、もう有りません」。お断りするしかなかった。いま息子さんが小学校から修学旅行で、長崎へ来ているそうです。長崎へ修学旅行に来る小学生たちは必ず原爆資料館を見学して、被爆者の語り部の体験を聞いている。私も10年ほど勤めた。尚子さんは家族で、10月のアタマの連休に、ホームへ面会に来てもいいですか、の問い合わせもあった。「ありがたいですが、10月の半ばまでは外してもらえませんか」。尚子さんの家族には、聖コルベ館で出会いたいと思う。小学生たちの子供さんたちには、夢が残るでしょう。

2017年9月21日木曜日

老いても、がんばる。体力と、気力が、大切です

敬老の日の祝賀会。宴も終わりの時、目の前に、大曾神父さまが居た。近くに、女性職員が居たので、「シャシン、撮って、あげるケンね」。声かけると、1人は、サーッと応じた。1人は「イヤよ」と一旦離れようとしたが、思いなおして、「ハイ」と、この写真になった。ちょっと大曾神父さまは威厳に満ちたお顔をしている。
★ホームの良しあしは、介護してくださる人(職員)の愛で決まる。人間が問題ですよ。そして受ける側は、素直に心を開くことですね。3年間の経験から、分かりました。
★大曾神父さまを見ていると、職員さんたちから本当に大事にされて、細かい介護を受けているので、うらやましいです。「ボクも、あんな、親切、受けたいな」と思います。
★大曾神父さまは90歳になられる。「脳減る賞」じゃなくて、よく話し、よく問いかける。この時も、入江さんに、「魚、釣りに、行った?」と聞いていた。「100ピキ、釣った」。大曾神父さまは、天草灘の海底のことを知っている。
★大曾神父さまの優しさが、職員を引きつける。でも自分で努力しないといけない時もある。食事が終わって、自室に戻るときは、自分で車椅子を押していく。介護過剰になると、体力が低下して良くないからです。
★老いても、人間は、素直な性格で居たい。心を開いて、お世話になりたい。最終的には、自分が、がんばる。体力と、気力を失うな、そう思っている。

2017年9月20日水曜日

歳とれば、誰でも、もらえる、脳減る(ノーヘル)賞

敬老の日の祝賀会の終わりは、バンザイでした。みな、はりきって、バンザイしました。「また来年も、敬老の日を迎えることが出来ますように」。心を込めて、手をしっかり上げました。
★今日は、朝から長崎市へ。クリニックの定期の診察日です。朝食は、隣の修道院の食堂で、パン1きれ、牛乳を飲んで、済ませました。高原修道士さんの運転で、出かける。クリニックに着くのに、1時間15分はかかった。待合室は大勢の患者さんで座る席もないほどだった。「こりゃ、時間が、かかるな」。観念して、呼ばれる時を待ちました。お医者さんから「田川ブラザー」と呼ばれるのに、2時間はかかった。辛抱強く、覚悟をして待ちました。別に変わりはない。9月27日から、10月5日まで、諫早総合病院に入院して、ステントの入れ換えをします、と報告した。自分にとっては苦難の日々です。じょじょに覚悟を決めています。 診察が遅くなり、ホームには昼食までは帰れないので、連絡して、途中で、食事をした。ハンバーグを食べた。ホームへ戻ったのは、3時前だった。
★クリニックの待合室で、長く待つので、「シルバー川柳」の本を見つけて読んだ。その中の一句に笑った。「歳とれば、誰も、もらえる、脳減る賞(ノーヘル・ショウ)」