2017年8月21日月曜日

苦しみの必要性を、ミロハナ神父は教えてくれた

ある日の、廊下の窓から見える風景です。「夏だ、なあ」。平凡だが、そんな感じがします。いま私の手元に、薄い手帳がある。1954年、昭和29年、古い手帳です。いま8月だから、8月16日の処を開けてみた。ミロハナ神父と語る、と冒頭に書いてある。
★ミロハナ神父は語る。「苦しみが是非とも必要な論理的なわけを教えましょう。
★①天主様(その頃、神を、こう呼んだ)は正義です。罪を人々は楽しみによって犯し、天主様を侮辱する。それ故に、どうしても罪のつぐないのためには、楽しみの反対の苦しみによって補わなければならない。
★②罪びとは、自分の力で改心し得ない。「祈りたくない」「祈りたい」の心を与えるもの、それは恩寵です。この恩寵は他人の苦しみによって与えられる。私たちは苦しみの価値を知るよう祈らなければならない。
★③聖母に次のような恵みを祈ったらどうですか。すべて御身の御思召です。しかし長く生きながらえて多くの病苦を忍んで、十字架のキリスト様のようになって死ぬ。今の生活ではダメです。もっと、もっと、大きな苦しみを忍んで、死ぬ。この恵みです。
★④私たちは、ここで、かわいそうな人々を集めて、(心身障害者施設を創設した)彼らにイエズス様のことを聞かせて、子羊の如き平和な心を与えたい。
★⑤あなたが書いた原稿は、初めは苦しみを述べたものでしたが、後になって、苦しみを耐え忍びたいと書いてあった。よいことでした。これからも原稿を書いてください。ただ、御思召のままによいうことでね。人に説教するのは、これダメですよ。
★ミロハナ神父は、神学生のときに、コルベ神父から勧められ、ポーランドから長崎へ来た。コルベ神父から哲学・神学を教えられて、東京で、司祭に叙階された。コルベ神父に最も近く、神父から聖母の騎士を任されたと、信念を持って生涯に生かした。ミロハナ神父の、誰でも抱擁する心の優しさに魅力を感じる。
★ミロハナ神父が懐かしい。いま、このような話を直接聞かせてくれる司祭はいない。

2017年8月20日日曜日

何も出来ない自分。助けてください。手を伸べて

ホームに隣接する湯江教会。日曜日の1番ミサは、6時から、主にホームの信徒が祈ります。一般信徒のためには2番ミサ、9時から行なわれる。今日は、ミサ後、信徒の分かち合いがあるというので、2番ミサの終わり頃、教会へ行った。ミサが終わろうとしていた。その時に写した写真です。中央に司祭の後姿が見える。
★その後で、会議室に10数人が集って、今日、読まれた福音の中で読まれたひと言を、それぞれが発表した。私は、「主よ、助けてください」を述べた。そして次の説明をした。
★ホームに入って、3年目を迎える。振り返ってみて、一番の悲しみ、悔やむのは、入居してから、「人のために働いていない。尽くしていない。愛の実行をしていない。何も人に与える仕事をしていない」。何も行なっていない寂しさだと、述べた。
★この事は言わなかったが、長崎・聖コルベ館に居たときは、巡礼者や見学者のために手助けが出来た。教えたり、会話をしたり、お互いの交流の中で充足感があった。それらの他人に対する奉仕が、入居によって、いまは全く無くなった。それが寂しい。「主よ、助けてください」。入居したから、あなたは、何もしなくて、いいんだよ。日々元気で暮らせば、いいんですよ、そう思われるのが一番ツライ心境です。
★いまは自分で生きるのが懸命です。歩くにしても、以前は何も考えずに、自然に自由に歩いていたのに、その肝心な能力が失われつつあって、一歩、一歩、歩くのを、気にしたり、辛さを感じたり、そのことが自分の生活の課題にこそなっている。
★「主よ、助けてください」。今日は、福音の中から、その祈りを心から唱え、願いました。聖書に出てくるような弱い人間が、ここにも居ります。「手を伸ばして、助けてください、主よ」

2017年8月19日土曜日

夏、真っ盛り。かき氷屋さんが繁盛した。おいしい

いま、夏の真っ盛り。屋外は、暑い陽が照る。町では、冷たい物が繁盛する。「冷たい、冷たい、かき氷を食べたいね」。そんな気持ちになる。子どもの頃の思い出も湧き上がってくる。職員さんの手間かけた思いで、ホームでも実現した。「かき氷屋」さんが出店したのです。
★機械はちゃんとホームにある。四角の氷は、諫早の氷屋から求めた。四角い氷を台に載せて、ハンドルをクルクルまわす。氷に掛ける色は3つあります。赤に、青に、グリーンです。午後のひと時、食堂で行ないました。「どうしても、行って、食べたいよ。風物詩だから、ね」。「3バイ食べたよ」。好評でした。
★「トマさん、どの色にする?」「イチゴの赤だね」。やっぱり先ずは、イチゴ。それからレモンの緑。これが味を感じておいしかった。まさに、思いもかけぬ夏の風物詩だね。
★車椅子の女性が、かき氷を前に置いたまま、眠っている。この女性、眠る姿をよく見かける。教会でのロザリオでも、最後は、カラダを前のめりにして、心地よく眠っている。
★「がんばれ」「がんばって」。よく言う言葉です。「頑張らないと、いけない時もある。しかし、頑張れだけでは、あまり好まない。頑張れ、よりも、よかったですね。いいですね。眠っていても、いいですね」。そんなふうに、肯定してやりたいと思う。共感だよね。共に喜ぶ。共に痛みを感じる。共感が、いいと思います。

2017年8月18日金曜日

ホームに居ても修道士です。感じ、考え、祈る者です

朝のホームの廊下です。右側の窓から、陽の光がサンサンと輝く。ミサを終わって、6時半過ぎ、自室へ帰るときの廊下です。「ああ、きょうも、一日が、始まる」。同じ毎日だけれども、生きる意味はある。「変わりが無いのが一番の幸せです」と、いつも思う。
★朝食を終えて、早速、山梨の大きなブドウ(巨峰)を食べた。5個、6個と自分でも、食べすぎだよ、と健康のことを考える。残りは大事に冷蔵庫で冷やしている。
★初めて、午前中に、パソコンへ向かった。午後から月に1度の「ショッピング」がある。バスで、買い物に出かる。自由に動ける人が利用しており、10人余りになる。帰ると、ロザリオ。時間に追われるのを感じる。今日は、午後から、日記を書く時間が足りないだろうと予想した。
★憧れは、長崎・聖コルベ館に居て、修道服を着て座っておれば、巡礼・訪問者と多くの出会いがあるだろう。90歳になっても、100歳になっても続いて勤めれば、それが一番の幸せでと分かっている。そのまま幕を引きたいと思う。
★でも、ね。人間には歳と共に色々な事情が起こる。妨げもある。自由にならない。今はホームに居て、静かに、余生を暮らすしかないのです。ホームに居ても、修道士は忘れない。修道士って何者か? 修道士は神から呼ばれた者。神の愛、いのち、賛美を考える者。故人や、生者の幸福、世界の平和を祈る者と自ら言い聞かせる。

2017年8月17日木曜日

夫妻の目は、緑色。イノチの色。見ている御方がいる

ホームで人が集まる所は、エレヴェーターです。その前に介護詰所があり、その横に、陽の当たる明るい1間がある。春は見事な桜が観賞できるので「サクラの間」と呼んでいる。テラスがあって、1輪の「風車」が無心に廻っている。
★人の目に付かない所で、風に吹かれて廻っている。「良いことをしても、誰にも気付かれない」。そんな気がする。この風車から学ぶのは、誰にも気付かない良い話、隠れた愛の話、そんな心の温まるような話が知りたい。聞きたいと思う。言葉や難しい話は、もう、いいです。愛の実行、しかも人知れず、実行する話を見せてください。実践、実行、今は、言葉やお説教よりも、それを望みます。
★夫妻は、自宅の一室を増築して、ホームレスを受け入れて、部屋で、ゆっくりさせて、風呂に入れ、食事を与えて、1晩安らかに泊まっていただく。彼らが脱いだ衣類は異臭を放つので、奥さんが洗濯タライで、手洗い作業で丹念に汚れを落としている。その善業は夫妻以外に誰も知らない。夫妻が理解しあって、心から愛の好意を行なっている。その事実を聞いたとき、最初、信じられなかった。家族で、そんな愛の好意が可能なのか。しかも誰も知らない。きっかけは、奥さんが、中学生たちからホームレスが撲殺された事件に発すると言う。この実話は、生きている愛の実行として、キリスト者の実践として、心に深く刻まれ、消えることは、ない。「愛の実践集」はないものか。「人間に愛を持たせる。希望を持たせる。生きる価値、生きる力を持たせる。人は、生きているから、生きなければならないのだ」
★昨夜、携帯に、その夫妻から突然電話があった。思いもかけぬ電話だった。トマさんを励ましてくれた。慰めてくれた。それでトマはホームレスへの愛の好意を思い出したのだった。
★主人は、奥さんを、「緑のまなざし」を持っている、と言った。緑は、森の色、海の色。つまり、いのちの色なんです。いのちと、慈愛の色なんです、夫妻だけがお互い知り合っている目の色です。隠れた所から見ておられる御方も、目の色をご存知でしょう。

2017年8月16日水曜日

お盆休みの思い出は、ボーシと、巨大・巨峰だった

お盆の休みは終わった。誰も来ない。どこへも行かない。雨が降ったり、陽がつづいたり、そんな日で過ぎて行った。ホーム生活は単調だが、自分にも、小さな喜びと、慰めになることがあった。気持ちの良いことがあると嬉しい。
★1つは、ボーシを贈ってくれた女性がいた。早速、かぶって、「似合うでしょう」と、写真も入れてお礼の手紙を出した。ボーシは小さな衣料だが、高価な値段がついている。いつも帽子屋で、良いのを見つけると、かぶってみて、「これは、いいな」と購買力は高まるが、値札を見ると、直ぐあきらめて、もとに、そっと、戻す経験が何度か、ある。今度のボーシの贈り物は嬉しかった。今年の聖母被昇天の記念になる。
★もう1つは、山梨産のブドウ(巨峰)1箱、6個入りが着いた。贈り主は、5月の連休に、山梨から、バイクでホームに来た男性だった。ブドウは好物だから喜んだ。写真の右側は、スーパーで売っている上等の巨峰ブドウです。左側が送ってくれた巨大の巨峰ブドウです。とにかく見た瞬間、その大きさに、たまがった。(おどろいた)。こんなにも大きいブドウがあるんだな。初めて見たよ。食べてみて満足した。贈ってくれたバイクの男性とは、別れの際、玄関で、修道服を着て、本人と、バイクも入れて、記念写真を撮った。長崎は、22回目。バイクで来たのは、12回目。トマさんに会ったのは、5回目と言った。「なぜ、そんなに、ナガサキを?」「長崎には特に違ったところがある。それに魅せられ、気がついてみれば、この回数です」。人は何でも、一念固執すれば、何かが生まれてくるだろう。人生における、こだわり、体験こそが、その人の心の宝になる。

2017年8月15日火曜日

歳を重ねるごとに、キズや、係わり合いは、深くなる


今日は、幾つもの思いが重なる日でした。教会へ行くと、祭壇の横に白い台が置かれて、写真が飾られている。昨年の今頃から、この1年に亡くなったホームの人たちです。冥福を祈りました。写真、左は村山修道士さんと、大曾神父さまです。右側の写真は、祈るホームの人や湯江教会の信徒たちです。
★聖母の被昇天の祭日でもある。荘厳に祈りました。また終戦記念日でもある。戦争によって、沢山の命が失われた。今も戦争は続いている。また、お盆でもある。亡くなった先祖、家族のために祈りました。どうして人間は争い合うのか分かりません。解決は遠いでしょう。
★テレビでは、韓国は戦勝記念日で、また、また慰安婦の像が、バスの中でも座った姿で置かれて、他にも小さな慰安婦像が作られて、配られている。戦争は悲惨です。戦争を起こして、アジアを蹴散らした日本人は、アジアの皆さんに許しを願わなくてはならない。
★暗い話ばかりだけれども、私が2013年に韓国に行ったときに、こんな事があったのを思い起こした。韓国人の案内で、夜の、テグの「ルルドの聖母堂」の祈りの集いに参加したときです。言葉が分からないのを気にして、案内の大学教授が「さあ、もう行きましょうか?」とうながした。車のドアを開けて、車内に座った小崎修道士のそばへ、赤ん坊を抱えた若い母親が寄ってきて、子どもを差し出した。崔教授が言う。「祝福して、ほしい。願っています」。修道士はびっくりして、「なに?わたしに?」。母親の目が、うるんでいる。ためらいがあった。司祭でない。修道士が、祝福していいのか?」。「アボジ(父親の祝福)なら出来るかも」と瞬時に思い、幼子のヒタイに、十字を記した。「この子も、この母も、幸せになりますように」。願いを込めて祈った。ここに来れば、韓国も日本も、なかった。同じ人間として、カトリック者として、愛と平和になるように祈った。あの子は、あの母親は、元気にしているだろうか。

2017年8月14日月曜日

聖コルベの殉教の祭日。聖母の騎士で盛大にお祝い

聖母の騎士の創立者、聖マキシミリアン・マリア・コルベ神父が、大戦中、アウシュヴィッツ強制収容所において、死刑になった1人の父親のために身がわりとなって、餓死の地下室で殉教した祭日です。
★コルベ神父が何を教訓に与えてくれるでしょうか。先ず、①宣教への熱意です。「マリアを通してイエスへ」の信仰で、日本、インドまで福音宣教を行なった。
★次は②苦しみです。コルベ神父ほど苦しんだ人は居なかった。沢山の苦しみ、困難を経験したが、マリアへの揺るぎない信頼をもって、乗り越えた。肺や全身の病気、宣教の困難、修道士たちの反対、それらを受け取り奉献し、耐えて行った。
★③何と言っても無償の愛。「神から愛されたから、愛を返そう」。その基本で、1人の死刑者に家族が居る。自分はカトリック司祭で、家族は無い。では私が代わろう。聖書に「友のため命を捨てる、これ以上の愛はない」という言葉がある。コルベ神父は文字通り、聖書の中心になる部分を実践した。
★最後に、④人は如何に終焉を迎えるか。コルベ神父が望んだのは、マリアを通して、イエスの如く死にたいという熱烈な希望であった。その通り、彼は「裸」で、「我、渇く」といって、殉教した。まさにイエスの愛の死に倣う最後だった。
★湯江修道院からは、6人が参加した。司祭3人。修道士3人。瀧神父さまと私も仲間に入る。午前10時30分から、長崎・聖母の騎士教会で、ロザリオを唱える。その後、お祝いのミサが捧げられた。ミサが終わると、修道者は院の食堂に集まり、会食で親睦を固めた。休暇の人も居て、人数は少なかった。しかし集って、お互い語り合うのは、大きな喜びである。聖コルベの精神に倣う生き方を誓いながら別れた。ホームに帰ったのは、午後2時50分であった。


2017年8月13日日曜日

落ち度はあっても人生は宝。助けられて今も生きる

ホームの隣、湯江教会の祭壇の生け花です。
★自分の健康を考えるとき、歩くのに、バランスが定まらない。両ヒザの関節が痛み、歩行に困難を感じる。昨年から比べると、自分でも意識するほど、体力が落ちている。
★毎日、教会の祈り(寝る前の祈り)で、良心の反省を行なう。実のところ、何を反省すればいいのか、日々悩む。ウソを言うわけでもない。ケンカもしない。人をおとしめる言葉も吐かない。ミサや、ロザリオは唱えている。ホームという囲みの中での生活では、特別な事件は起こらない。その毎日の繰り返しがつづいている。
★被昇天の祭日を迎えるため、司祭に告解をするとき、何の罪を語るべきか、心に迷いを感じた。もちろん自分が聖人でないことは、百も承知している。それでも語るものが無いというのは、「本当の自分の正体を分かっていない」ことに気がついた。自分の心は真実に神に向かっているのか。祈りや黙想は充分なのか。むかし犯した落ち度を思い出して、反省するどころか、反対に快感を覚えることは、ないのか。生きていることは恵みではあるが、その恵みを充分に感謝し、愛に応えていない自分が居る。傲慢や、自己過信、信仰への疑い、など、まだ、まだ本当の自分に気がついていないことに実感する。この心境では、神の御前に出ることは出来るか。到底、出来ないだろう。だが神の愛は自分を見放さないと信じている。
★一方、反省し、悔やむだけでは、事は前に進まない。「喜べ」。いつも喜べ。苦難があっても喜べ。神は確かに自分に御心を掛けてくださる。神は弱い自分を導いてくださる。苦難があっても、神の助けで乗り越える。いつまでも、この苦難の状態がつづくと思うな。時は変わり、人も変わる。変わらないのは、オマエの喜び、神の恵みだけだ。
★生きているではないか。親しい友達たちが多く居たが、彼らは、もう、この世に居ない。だがオマエは生かされている。足が少々痛くても生かされている。目で美しい花が見れる。心に愛を感じることも出来る。笑いだって、ある。生きてきた人生は、はやり落ち度はあっても、自分の宝であったに違いない。そう信じて続けて生きたいと思う。
★人生に苦しみはある。生きている限り、当然だ。助けられて、励まされて、慰められて、ワタシは、今も生きる。うれしいよ。

2017年8月12日土曜日

ソーメン流し、スル、スル、食べて、魂も、清めた


数日前に、「ソーメン流し、しますか?」と食堂で、職員さんが皆さんに問うた。「ハイ、した方が、いいよ」。そこで今日の昼食は、ソーメン流しになったのだが、実際に職員さんたちが苦労して、流れる竹を準備しても、流れるソーメンにありついた人は、数人だった。殆どの人が身体上の都合で、食堂でソーメンを食べた。数人の希望者のためでも、若い職員さんたちは手を掛けて準備してくれる。その家族的な心が嬉しい。ホームの温かさがある。
★左側の写真、真ん中に居るのは瀧神父さんです。「トマ、早く食べれよ。私は、もう十分に食べたよ」。右側の写真、赤いタオルを首にかけているのは山内園長神父さんです。「うまか、ぞ。元気が出るな」と喜んで食べていた。
★ソーメンを食べ終わって食堂へ入ると、昼食が準備してあった。アンパン、串焼き、ブドウ、それに、たこ焼きです。栄養士さんが、「たこ焼き、どうですか?」と食堂内で勧めて周る。「結構、いけているね。たこ焼き、なくなっているよ」
★冷たいソーメンを、タレにつけて、「スル、スル」っと、食べるのは、日本の味だね。
★教会で、被昇天の祭日前の「告解(こっかい)」が有ります、と広告があった。長崎の教会では、昔から、復活祭の前と、被昇天祭の前、御降誕祭の前に、司祭に自分の罪を告白をする習慣がある。ソーメン流しも、いいですが、神に向かって、自分の魂の清算を行ない、汚れや弱さを流すのも信仰者として生きるためには必要でしょう。清い心で祭日を迎えたいと願います。

2017年8月11日金曜日

人と、人を、つなぐ、そこには、なにか神秘性がある

「トマさんのことば」を送った女性から手紙が来た。最近、読んだ手紙で、これほど感動的な手紙はなかった。
★自分は20年以上前に、「十七歳の夏」を読み、むかし教会で、トマさんの弁士で、「日本26聖人」の無声映画を見たことがある。少女の頃、身体が弱かったが、洗礼の恵みを受けた。
★その後、健康を回復して、結婚して、2男、2女に恵まれた。子供たちは、教会学校で学び、小1のときに洗礼を受けたが、主人だけが残されていた。でも家族思いのお父さんでした。
★主人は、心臓を病んで、苦しむようになった。そのとき、主人から、「洗礼を受けさせてほしい」と厚い願いがあった。どれほど喜び、神さまに感謝したことでしょう。神父さまにご相談して、病気は不具合のなか、教会で、家族と、親しい方々の援助を受けて、神さまのお恵みである洗礼を受けることが出来た。本当に幸せでした。その時の、主人の晴れ晴れとした顔が忘れられません。何度も入退院があり、22年に召されました。
★娘の1人が別の都会に、結婚して住み、お父さんが亡くなって以来、命日には必ず帰ってきて、家族で父のお墓参りを、この間、つづけて祈っています。娘が先に、「トマさんのことば」を貰っており、帰って来たとき、見せてくれたのが、その小さな本でした。手に取ると、むかしの思い出もあり、親しみを感じて、ぜひ私にも送ってくださいとお願いした次第です。
★「トマさんのことば」が生活の慰めになっています。トマさんに、夫のことを判っていただきたかったのです。心より神さまの慈しみをお祈り申し上げます。

2017年8月10日木曜日

天命を喜んで、うけ入れよ。人生には深い意味ある

「楽天知命」。天を楽しみ、命を知る、と読みます。中国、古代の言葉でしょう。その真意が、いい。「天命を喜んで、うけ入れる」。いまの心境にピッタリです。
★書道は正式に習ったことがない。ホームに書道の先生が来られるので、練習程度でお世話になっている。
★秋が近づいて、町でも「文化祭」が行なわれる時期になった。去年は、「千客万来」を出したところ、「奨励賞」を貰った。書道の先生が言われる。「今年は、これ書いてみたら、どうですか」。渡された手本の半紙が、「楽天知命」とあった。
★何と読むのだろう?そして意味は?
★瞬間、「天命を喜んで、うけ入れる」の言葉に心は動いた。いま、自分の心境は、これでは、ないのか、と思った。修道士として生きて来たこと、そのように行動してきたこと、我が天命として、迷うことなく、うけ入れる。しかも喜んでうけ入れる。それが自分の人生の幸せという生き方だ。まさに、その心境さを、この四つの文字を書いて心に留めたいと思う。
★原爆で突然、前触れも無く、孤児になった少年は、これから、どう生きるべきか。迷った。課題は山積する。家もなければ、銭もない。被爆者は世間から冷たい目で見られている。どう生きれば、いいのか。雨が降る中、びしょぬれの少年の足は、迷うことなく無言でポーランド人がいる聖母の騎士に向かっていた。
★玄関で、迎えてくれたのは、ゼノ修道士だった。「お姉さん、どう、しました?」。母が若く見えたので、ゼノさんは「お姉さん」と呼んだ。「原爆で、死にました」「かわいそうの、ヒト」。ゼノさんの青い目から涙がこぼれた。ゼノさんは、少年を応接間に待たせて、奥の部屋に消えて、院長のミロハナ神父を連れてきた。ミロハナ神父は万遍の笑みを浮かべて、濡れた少年をしっかりと抱きしめた。そのとき1人の少年は、「天命を喜んで、うけ入れた」のだった。そして、長い年月が経って、今が、ある。
★人生とは、自分の天命を、喜んで、うけ入れることだ。古代中国人は、人生を読み、心中を読んだ。人間という者を知っていた。
★先日、送られてきたメロンが、少しづつ昼食に出た。赤みがかったメロンだった。
★車椅子の女性たちが、ヒマワリの張り紙を作った。女性職員さんから、詰所に張りたいから、何か、いい言葉を書いて下さい、と頼まれた。そうは簡単に書けないよ。幾つか考えが浮かんだが、次の言葉を選んだ。「八月は祈りの月、先祖と、平和と、わが身の幸せを」。オマケに、「汗にまけるな」
★ヒマワリは、夏の暑さにも負けず、太陽に向かって、いつも顔をむけているからね。

2017年8月9日水曜日

苦労した母だったが、もっと甘えたかった。悲しい

長崎・原爆の日。母の命日でもある。爆心地から500mの岡町にあった、家も、母も、熱風で焼かれ、爆風で吹き飛ばされて、母ワサの遺体も見つけなかった。どこで死んだのか、あまりにも悲しい。45歳だった。「母ちゃん、行って、くるケン、な」。朝の別れが、最後となった。
★自分の人生は、家族的には幸せでなかった。7歳で、父・松吉は病死。17歳で、母ワサが原爆死した。兄弟姉妹はいない。この日、自分は全くの孤児となった。
★それにしても、よくぞ原爆を生き抜いたと思う。原爆を聞いて、県内外の町から家族や親戚を探しに来て、2日3日と探して、自分の町に帰った人がふしぎに次々に死んだ。「放射能」の影響だった。沢山の人が亡くなっている。それを思うと、自分は被爆の丘で18日間も生活し、雨風にも打たれ、飲食し、被爆者を介抱、死体を焼いたのに、自分には「放射能」の影響は僅かで生き残った。
★なぜ自分は生きたのか。海軍・魚雷爆弾・製作工場で働く工員だった。工場は24時間の稼動で、昼勤と、夜勤があった。1週間の交代で、原爆の週は、昼間の勤務になっていた。その事が、生と死を分けた。もし夜の勤務に当たっていたら、家で眠っていたであろう。母と運命を共にした訳だ。幸い、今も生きている。生きる不思議さを感じている。
★今朝、湯江教会のミサで、「トマ田川松吉。クララ田川ワサ。原爆死した親戚のため」、追悼のミサを捧げていただいた。父の思い出はない。母には、甘えて育った。母を思うとき、精肉店を切り盛りする姿、米や野菜を背負う姿、玄米を一升瓶に入れて、棒で突く姿、カリエス・結核で苦しむ子供を癒そうと努力する姿が次々に連想される。
★「お母さんと、楽しく、暮らしかったよ」「原爆が憎い。戦争が恨めしい」「なぜ早く戦争を止めなかったのか」「核実験を繰り返す国がある。恐ろしい」。原爆の丘で書いたメモの日記。その頃から、書くクセがあった。原爆死した、すべての人の冥福を祈る日となった。

2017年8月8日火曜日

失った物があるだろう。もう1度見つけてみよう

大きな箱に、目を見張るような巨大な「メロン」が届いた。長崎では、メロンは珍しい。高級な有り難い贈り物です。送り先を確認すると、知らない名前の女性だった。多分、本のお礼と予想した。宛名紙を大事にはがして、メロンは炊事場の栄養士さんへ渡した。
★宛名紙に、電話番号が記されていた。早速、電話をかける。お礼を申すつもりだった。しかし電話は出なかった。夕方になって、再び電話をかけてお礼を言おうと、はがした宛名紙を探したら、紙がない。手元に置いてあったのに、「え?どこへ、紛れ込んだのか」。探しても、探しても、やっきになって、見つけたが、全く紙は出て来ない。贈り主の名前も、住所も全く分からない。お礼の電話を先ずは掛けたいのに、と気持ちは、あせるばかりであった。
★ふと気がついた。「そうだ、最初にかけた携帯に番号が残っているはずだ」。やっぱり携帯に番号があった。その時の安堵感は言い知れない。「嬉しさ。安心。よかったな」。夕方になって電話をかける。名前も知らない、住所も知らない、暗中模索だよ。何とかお名前を聞き出した。ヒア汗ものだった。
★女性は言った。「『トマさんのことば』のお礼に送りました」「ブログは読んでいますか?」「読んでおりません。お友達が頼んで、送って頂いたのです」「小崎に会ったことは、ありますか」。ありません、の返事だった。
★昨日、その女性から、短い手紙が届いた。幸い、住所も分かった。お礼のお手紙を書こうと思う。今朝になって、何と、紙と紙に挟まった、思いがけない場所から宛名紙が出てきた。今日は思った。「失った物があるだろう。もう1度探してみよう。人生に大事な物もあるはずだ」。いま、自分で、苦笑している。

2017年8月7日月曜日

誕生会で踊った女子職員さん。優しさ、奉仕、愛

お世話になっています。ホームの女子職員さんたちです。明るく、元気で、奉仕のお勤めを果たして居られます。ホームには動けない人が多いので、介護も大変です。人と人の関係ですから、お互いに理解しながら、生活するしかありません。与えられたイノチは、大切なその人の人生です。
★人は1人では生きられない。助けられて、介護を受けて、こちらからは感謝と、ほほ笑みを返して、喜びのなかに生きなければでしょう。人は、どんな状態になっても、「生きる意味」はあります。「あなたが居なくなれば悲しむ人がいるよ」。そういう気持ちで暮らしています。
★午後から担当の職員さんの運転で買い物に出かけました。登明日記のファイルも3年目に入ると、かさばってきます。白い棚を買いました。フアイルも注文して、揃えたいと思います。日記を書くのは、自分のためでもある。ボケないように、文章を書いて、まとめて、時には「オチ」を入れて、そんな書き方が出来ると自分でも楽しいです。

2017年8月6日日曜日

「歩行車」を初めて、手に持つ。記念すべき日か、な

「歩行車・シンフォニー」という機械を買いました。2万6千円かかりました。使用してみると、歩行にとても便利です。軽く歩ける。早く歩ける。ヒザにかかるダメージが少ないです。今日から使い始めました。早めの対策です。これからは器具のお世話になります。「あれ?もう、それ使うの?」。皆さんは興味深々。いろんな感想がありました。
★「ニンゲンって、体力は、登って行くか、平行で行くか、落ち目になるか、三法しか、ないんだよ」。特に歳をとれば、平行であるのが幸いです。かわらないことだよ。
★遠い、遠い、どこからの世界から、1つのイノチが飛んで来て、この地球にこびりついて、1つのイノチが生まれた。このイノチは成長して、殆ど、「修道服」を着た、長い人生を送った。
★イノチの花は咲いたが、どういうわけか、表は良くても、裏は汚れや、弱さがある。イノチを生きるとは、その戦いでもあった。やがて歳をとり、イノチはやがて枯れて、木の葉のように軽くなって、小さくなって、小粒になって、最後は、イノチに戻って、また遠い、遠い、どこかへと飛んで行く、それが誰もが辿るジンセイではないか、今朝は教会で、ミサの前に、そんなことを、ぼんやりと考えた。
★ミサが終わって、歩行車を取って、通りがかりの職員さんに写してもらったのが、この写真です。歩行車があると、スイ、スイと、歩けます。まだ人生は開けるぞ。希望を持って、夢持って、前向きに歩行車で歩いて行こう。
★聖マキシミリアン・マリア・コルベの祭日は、8月14日です。湯江教会では、祭日の前の9日間の祈りが始まりました。聖コルベを慕う皆さんは、短い祈りを決めて、祭日までお祈りをつづけることをお勧めします。
★今日は、歩行の記念日になりました。

2017年8月5日土曜日

8月生まれの誕生会。いつまでのお元気で長生きして

月の初めの土曜日、昼食は「誕生会」です。8月に生まれた人を一緒にお祝いします。今月は1つの特徴があった。それは大曾昭神父さまの誕生祝い、90歳になった。一方、入江敏行さんの誕生お祝い、彼は92歳になった。大曾神父さま、おめでとう。入江さん、おめでとう。お2人とも、いつまでもお元気で居てください。大曾神父さまは、愛知県の春日井教会から入居されて、本当に、職員さんから大切に看護され、介護され、皆さんと一緒に食事をしますが、出された料理は全部食べて、いつまでも若さを保っています。一方、入江さんは、ホームの重鎮です。熱心に亡き奥さんのため、家族のため、五島の集落の人々のため、ミサに、ロザリオにと、祈っています。まだ、まだ元気はある。だが最近は入浴しても、トマの背中を洗ってくれなくなった。寂しいよ。入り江さんの力強いパワーをもらいたい。
★さて、誕生会の楽しみは、職員さんたちの出し物です。今日はちょっと変わっていた。ハッピを着た女子職員さん、7、8人が、いきなり音楽に合わせて踊りだした。「何の踊りですか?」「ドラえもん音頭です」。手並みも、スイ、スイ、踊りまくりました。

2017年8月4日金曜日

「トマさんのことば」編集・若者に聖コルベ館で会う

久しぶりの再会でした。嬉しいです。新しい仕事のもくろみも、ありました。これもご縁でしょう。こんなことは、めったに起きない。生涯に1度しかない出会いです。
★朝からホームに、野々村哲さんがに迎えにきた。長崎・聖母の騎士、聖コルベ館へ向かう。塩沢美樹さんが、上五島から1番便の高速船で長崎港に着いた、その足で彼女は、昼食の買い物をして、聖コルベ館で落ち合った。
★思えば、たった「十五秒の出会い」で、奇跡的にも『トマさんのことば』が出版されて、反響は好評であった。本当に、出して良かったねと、3人で喜んだ。先ず写真を撮ろう、それが定番の場所での写真です。
★2人に来てもらった理由は、1つの仕事を考えての意味があった。1965年頃から、個人では持てないカメラを、騎士誌の編集を理由に写真を撮り始めた。「カトリック・グラフ」の編集写真もある。聖コルベ館の資料室の棚に、全巻、56冊の写真フィルム・ファイルがある。写真に興味がある野々宮哲さんが、小崎さんが撮影した写真を収集したいと意見を出した。
★「フイルム・スキャナー」を買いました。ネガ・フイルムをスキャンして、デジタル・データーに変換します。資料室の写真保存にとっても幸いなことです。パソコンに保存も出来るし、プリンターで印刷も可能になる。ありがたいことです。
★56冊の写真をスキャナして、その中から、小崎さんの写真をまとめたいと、野々村哲さんは言う。今日は、その作業に取り掛かりました。
★お昼は、楽しく応接室で、準備した豪華な昼食をいただいた。作業は3時までつづけた。ホームへの帰りは、修道院の松下修道士の運転の車でお世話になる。ホームに着いたのは午後4時15分でした。
★野々村哲さん、塩沢美樹さんのお陰で、違った雰囲気で、楽しい一日を過ごしました。作業は、どうなるか、見守っていきましょう。

2017年8月3日木曜日

笑顔が2つ。困難が来ても、喜ぼう。「喜びなさい」

納涼祭のときに、ほほ笑み、喜び、笑いがあったから撮った写真です。デジカメを持って、沢山の人を見渡しながら、シスターを見つけて、寄って、撮りました。名前は知りません。納涼祭だから、ブログに載せてもいいでしょう。
★お互いに神さまにお捧げした身、最後まで奉献生活を尽くしましょうね。それ以外に何もありません。若くても、神さま。老いても神さま。道は1つです。疑いはありません。迷いもありません。日々、人のため、マリアさまの騎士として、勇敢に悪と戦いつづけましょう。言わなくても知っているのです。ただ、時々、怠けをすることが、あるだけです。そんな時は、ごめんなさい。そして、また進もう。
★他者に伝えるのは、喜びです。福音とは「喜びの訪れ」です。聖書にも書いてある。「喜びなさい」「喜べ」。本当のものを持っておれば、それが「喜び」になるのです。老いたる者は、もう言葉で宣教は出来ません。生きている姿で、乗り越えて行く背中で、見てほしいです。苦難があっても、何とか耐えてきたよ。落ち度があっても、何とか、また、もとの道に戻ってきたよ。人生って、それの繰り返しです。神さまは、お許しくださると思います。
★神さまは、生きのいい魚と、腐れかかった魚を選り分ける、と今朝のミサの聖書にあった。生きのいい魚になるのが、喜びなんです。シスター、写真を載せてごめんなさい。でも、結構、いい写真だよ。本当に喜んでいるしね。人と人に会うのが嬉しいんだね。

2017年8月2日水曜日

元気なのがイチバン。心も、カラダも、成長してね

納涼祭のときの少女たちの踊りでした。日々、お年寄りばかり見ている目には、時には明るくて、希望があって、元気で、マジメさもある一団に接すると、見ていて楽しいよ。自分も、そういう若返りの気持ちで、日々を過ごしたいと思う。
★今日は朝から、長崎のクリニックの診察予約の日でした。8時に高原修道士の運転で出発するので、朝食は隣の修道院で食べました。クリニックまでは、朝の時間帯で、約1時間ほどかかる。診察はどうも気が重いです。最近は、歩けなくなったのが心配です。からだが、真っ直ぐに進まない。ふらつく時もある。薬の加減ではないかと思っている。ホームに帰ったのは、昼食前でした。途中で、外食も出きるが、ホームの食事が、いい。「ハヤシ・ライス」でした。栄養士さんがささやいた。「ハヤシ・ライス、好きでしょう」「好きです」
★今日は、フランシスコ修道会のお祝い日でした。イタリア・アシジにある「天使の聖マリア大聖堂・サンタ・マリア・デリ・アンゼェリ大聖堂・ポルチゥンクラ教会」の祝日でした。絵の右側にある小さな教会が、聖フランシスコが建てた小聖堂で、この小聖堂を大きな大聖堂が覆って守っているのです。参詣した思い出のある大聖堂です。

2017年8月1日火曜日

入江さんの誕生日。92歳。仲間で長寿を喜び祝う

朝食のとき、職員さんに言いました。「今日のお昼ご飯は、いりません」。昼食は、隣町の「大橋」店で、入江さんの誕生会を祝いました。長生きするよう願いました。
★写真は、左から、入江さん、瀧神父さま、トマ修道士、浜田神父さま、写っていないが、高原修道士、2人のホームの女性が会食を楽しんだ。92歳の高齢だよ。それでも、しっかりとした足取りで歩く。まだまだ生きますよ。ゆっくりと、お酒と、ウナギを楽しんだ。
★本人が口ぐせのように言うのは、愛する奥さんを亡くして、桜井神父さまに相談すると、小崎がホームに居るから、そこへ行きなさい。何も知らずに来た。来てみて、おどろいた。ホームの元・園長、初田神父も、川渕神父も、大曾神父も、みな知っている人、一緒に学んだ人たちじゃないか。隣の修道院の浜田神父とは、魚釣りで、仲間になる。ホームは、こういう場所だと来て見て、初めて知った。安心したよ。
★入江さんは、毎朝、6時のミサ、午後のロザリオに参加して、家族や、奥さんのため、また孫が東京芸大の先生になったので、かわいい孫の将来のため熱心に祈っている。祈りが入江さんの人生です。それに、夜、寝る前に、ちょっぴり飲むお酒も入っている。
『トマさんのことば』。お例文⑰兵庫県、澄男神父さま。「御本はとても美しく、魅力的にできていて、一つ一つのおことば、一枚一枚のお写真が温かく味わい深く感じられます。大きさも手頃ですので、手さげ鞄に入れて持ち歩きたいと思います」