2018年6月30日土曜日

若さは、もう戻れない。タンタンと生きております

今朝、ミサのとき、豪雨となる。激しい音が包み、雷光が2、3度、ステンド・グラスに閃いた。もう梅雨も終わり頃だろう。写真は、洗濯物です。朝、肌着やシーツを洗濯場の入口に置いておくと、昼前には、このように立派に仕上げてくださる。洗濯職員さんの心遣いが嬉しい。
★朝、体操の後で、入浴した。6月も今日で終わる。「早いものだね、今年も半分は終わった」。入江さんと、他に男性1人が入っていた。入江さんは「耳が遠くなった」という。男性は、「7月で、まる2年になる。このホームを50年前に建てた神父さんは、偉か人ですな。いい場所に建てた」と満足そうに体をこすっていた。
★ここ10日間に、2人の女性が亡くなった。2人とも100歳だった。その中の1人は、私が入所したとき、既に車椅子だったが、自分で車を回して、廊下や事務室前を小マメにゆったりとした時間を過ごしていた。耳が遠いのが難点だったが、話好きの女性だった。「自分は若い頃、心臓が弱かった。四国の八十八箇所巡りをして、丈夫になった」と誇りにしていた。最近、食事中の姿を見たが、「顔が小さくなったな」の感じがした。数日の内に、逝去した。2人ともカトリックではない。1人は、ホームの湯江教会でカトリックのお通夜、お葬式・告別式をして、見送った。1人は家族が眠る姿のまま、車で引き取った。皆さんとは祈りの中で、玄関でお別れをした。
★今日の昼食です。「鶏肉のバーべキュゥ風、野菜の酢味噌添え、野沢菜づけ、豆腐・わかめ汁、スイカ」。それに「カステラ」が付いていた。故・100歳の家族さんからですと知らされた。
★100年を生きる。戦争、食料難、敗戦の混乱、人は時代にもまれて、なおも生きる。あの若さは、もう戻れない。あの汗は、もう出ない。涙も出ない。タンタンと、生きております。風呂に入り、洗濯を頼み、介護を受けて、生きております。ただ、ただ「ありがたいです」