2018年6月5日火曜日

入用ならば、私を、使ってください。奉仕の精神です

ホームの隣、湯江教会の祭壇の生け花です。
★朝、5時半には、前の席に6人の修道者たちが音もなく座る。司祭が3人。修道士が3人。トマ修道士はその中の1人。彼らを見渡すと、なにやら心強い。朝はもう明けている。辺りは静かな雰囲気。ジッと、祭壇を見ると、心が落ち着いてくる。今朝は、しきりにウグイスがさえずっていた。なき方が、うまい。鳥も、朝から忙しい。
★今朝のミサは、初めに司祭が「ミサは谷村神父さまのため祈ります」と告げられた。アルナルド谷村達郎神父さまの死去の悲しみは大きく広がっている。故・神父さまのためミサ依頼も多く寄せられた。谷村神父さまと、ヨハネ村山安治修道士さんの遺骨は、長崎・聖母の騎士教会に安置されている。今週の土曜日、9日に納骨式があります。
★入院が近くなると、悲痛な顔をしていたが、帰ってきたら、明るい顔になった。修道服を着て、湯江教会で祈ると、また自分の中に、アシジの聖フランシスコや、コルベ神父の生き方が甦ってくる。心が燃えてくる。嬉しくなるのだ。生きる道は、これしか、ない。
★以前に読んだ雑誌に、こんな1文があった。「廊下の片隅に、チリ箱が置かれていて、『Use Me!』と、紙が貼り付けてある。『私を、使ってください』」。なんと、いい言葉じゃないですか。「入用ならば、どうぞ、ご自由に、使ってください」。奉仕の精神です。アルナルド谷村達郎神父さまは、そんな司祭だった。気安く人びとを訪ね、慰め、その人の望みを叶えてあげる司祭だった。
★自分も、今から何かのお役に立つだろうか。