2018年6月7日木曜日

食堂での会話から、古いメモを思い出した。魂の存在

今朝、自室の前の廊下の窓から見た「朝焼け」の風景です。梅雨というのに、この空。日中は、曇りでした。今から、ミサへ教会に行く。1日の始まりです。
★食堂で、左隣は、瀧神父さん。右隣が、入江さん。入江さんは耳が遠いので、会話が困難です。瀧神父さんと、よく話す。入江さんの機嫌も損なわないように気にしている。
★瀧神父さんが、自分のiPadから話題を提供する。「大江健三郎が、原爆被爆者の証言を残す会を立ち上げたそうだよ」「ノーベル賞の作家ですか。被爆者の年齢も老齢化しているからね」。当時、5歳、7歳の体験者が語り部を努めている。もう10年もすれば、居なくなるだろう。大江健三郎さんは何歳か知らないが、証言を残す会とは賛成です。
★大江健三郎、といえば、私は1枚の古いメモを持っている。1999.9.14。大江健三郎氏(ノーベル賞作家)が言った。「人間には、頭で考える、心で感じる、生き方の技術(テクネー)があって、それを統合する、まとめるもの、集める力がある。それが魂だ。自分は今、魂のことを考えている。魂のことをする場所を考える。今は、魂の存在が分かりにくい時代になった。若い人に聞いても、半分位が手をあげる。魂は、まとまった力で、まとまったものとして、未来に向かって押し進めていく。経済、国際、文化、連続性が有ること、一貫性が有ることを魂(タマシイ)と呼びたい。場所をつくるコムニケーション、一番重要なことに汗を流す」(日付はあるが、残念ながら出処=新聞か雑誌かラジオか、を記していない)
★我ながら、よくぞ、このメモを残していたモンだし、ノーベル賞作家は、人間の根源を見ている、考えている気がする。古いメモが役に立った日になった。