2016年12月8日木曜日

無原罪聖マリアの祭日。日米開戦の日。平和を祈る

今日は、2つの大きな意義がある日です。教会では、聖務日課の祈りと、ミサは、無原罪の聖マリアの祭日を祝いました。コルベ神父に深い関係がある祭日です。
★食事のとき、隣の席の入江さんが、私に、「今日は、聖母の騎士では、大きなお祝い日だろう?」と聞いた。「そうです」と答えた。
★コルベ神父は、無原罪の聖マリア、「けがれなき聖母マリア」をこよなく愛し、マリアに奉献し、聖母の道具となって、「マリアからイエスへ」の心で生涯を貫いた。
★「マリア」「マリア」を呼吸して生きておられた。修道院の各部屋に、無原罪の聖母マリアのご像を安置し、祈りました。手紙を書くときも、先ず、「マリア」と書いてから、文を記した。神学生や修道士にも、そのように必ず書くよう習慣づけた。修道院内の挨拶も、お互い、「マリア」だった。
★今日は、もう1つは、アメリカ、イギリスなどと戦争が始まった日です。真珠湾攻撃による開戦の日です。入江さんに聞いた。「開戦の日、どこに居ったの?」「聖母の騎士に居った」。入江さんは言う。「初田も、川渕も、竹山も、兵隊に行ったろう?」「ウン、行った」「江口や、浜田は、兵隊には行かなかった」と、入江さん。
★「あんたは、兵隊で、どこに行った?」「満州・・・初田は看護兵だった」。食事のとき、そのような会話を交わした次第です。思えば、初田も、川渕も、竹山も、無事に兵隊から帰り、江口も、浜田も、全員が神父さまになって、この聖フランシスコ園でも、皆さんが園長を勤めている。
★入江さんの「満州行き」に興味を感じた私は、午後のロザリオの後で、ソファーに座り、話を聞いた。「満州に兵隊に行って、よくぞ助かったね」。入江さんは、次のように語った。
★聖母の騎士から、兵隊は、広島の機関銃隊に入った。関東軍になって、満州に渡る。隊長から可愛がられて、成績も上がった。ところが聖母の騎士から手紙がしょちゅう来る。最初に、「マリア」「マリア」と、来る手紙に必ず書いてある。「なんじゃ、これは・・・外国の名前なんか書いて・・・」。ダメだ、と言わんばかりに、格下げになった。
★「もう、負けると分かったんだろうね。終戦、2ヶ月前に日本へ戻った」。200人ほどの中隊は、愛知県の山の中のお寺に住んで、木を切る作業をしていた。終戦になるとき、盲腸になり、入院していた。聖母の騎士から、ロムアルド修道士さんが迎えに来た。修道服を着せられ、大曾神父さまと一緒の修練だった。修練の途中で、聖母の騎士を去った。誓願は立てていなかった。
★コルベ神父の「マリア」が、入江さんの兵隊時代、「マリア」で格下げになったとは・・・私は、「そんなことも、あるのかヨー」と大笑いをした。気持ちが、すっきりした日でした。