2016年12月7日水曜日

博士論文に、カエルの話。母親は火に燃えて死んだ

オーストラリアの若者・研究者から、手紙が届いた。いつぞや私を訪問して、原爆の話を聞き、また電話をかけてきた男性だった。
★「オーストラリアから『今日は』をつたえたいです。『グダイ』と私たちが、いつも言います」
★1枚の日本語の手紙が入っていた。
★「大学の研究で、カトリック信者の被爆者とオラルヒストリーでのインタビユーを中心としての歴史を英語で書いているところです。論文も終わりに向かっています。小崎さんの話と、次の3つの資料を入れたいです。同意書を送ってください」
★その3つというのが、①母親の写真と、以前、日記に出ていた「かえるの話」。②手描きの聖母の騎士の地図と、原爆投下の日に歩いた道の地図。③マンガ「焼けたロザリオ」の絵のある部分だった。
★私が感心したのは、日記(ブログ)で見つけた「かえる」の話だった。4年前の2012年8月9日の日記で、よく見つけたものだと思う。
★カエルの話は、母親から聞かされた。「ひとつも言うことを聞かない、子どものカエルがいた。母親カエルが、山へ行きなさいと言えば、川に行く。川に行けと言えば、山へ行く。勉強しなさいと言えば、遊びに行く。こまった子カエルだった。お母さんカエルは、だんだんと歳をとって、やがて死ぬ日がきた。山に埋めてほしい。しかし、山と言えば、川に埋葬するだろう。川と言っておけば、山の安全な所に埋めてくれるに違いない。それで母親カエルは、死んだら、川に埋めてね、と言い残した。母親を失って初めて自分の我がままに気がついた子カエルは、ゴメンね。と、ほんとうに、川の近くに埋葬した。だから雨が降ると、カエルが、ケロ、ケロ・・・と悲しそうに泣くんだよ」
★そのように話してくれた母親は、原爆の火に包まれて死んだ。子カエルは、ケロ、ケロと、71年が経っても、泣いている。