2016年12月23日金曜日

自分の体は、他人には分からない。大事にしなさい

金と、銀との折り鶴、2羽。大阪の孝子さん(99歳)から送られてきた「折り鶴」です。一筆、添え書きがあり、幸せを祈る気持ちが伝わりました。ほかに、愛情込めた手編みの黒色チョッキが入っていた。
★今朝は、「甘えては、ならぬ」と心して、教会へと足を運んだ。少し、遅れる。共同で、「教会の祈り」が始まっていた。普通、私も一緒に唱えるのだが、黙って、祈りを聞いていた。左側と、右側が、交互に、ゆっくりと唱えている声に、魅せられる。「私も、これからは、祈りは、ゆっくりと、合わせて唱えよう」。そんな気持ちが湧く。ミサでは、未来への神の導きと、耐えていくチカラを祈った。
★ミサが終わって、信徒から、「自分のからだは、他人には、わからん。大事に、せんば、ね。ムリ、せん、ごと」と言われた。何人からも、「大丈夫だった」と声をかけられる。「おおげさで、申しわけありません」
★朝食のとき、隣の席の入江さんに、「今日は、オレ、風呂は、やめとく、けん、ね」と伝えた。「ウン、わかった」。うなずいた。
★10時半頃だった。突然、入江さんが私の部屋に現われて、びっくりした。様子見に来たのかと思ったら、「オレも、今日は、風呂は、やめとった。キリエさんも、入らん、と言うて、おる」。何やら、いつしか、3人に信頼関係が出来たのを感じた。結局、私が入らないので、常連の2人とも、入浴を犠牲にしてくれるという。私は、嬉しさもあって、「ハッ、ハ、ハ・・・」と軽快に笑ったよ。
★今日は、こんなドラマを思い出した。杖をついて、コツ、コツ歩くジイちゃんが居て、「歳をとって、いいこと、ない。早く、お迎えが来ないかな。死にたいよ。特攻で死んだ仲間の処へ行きたいよ」。それを聞いた孫の若者が、ジイちゃんを安らかに死なせたいと、体力を落として、安らかに死ねるように、最高の手助けをする計画を立てた。車椅子を使って楽をさせ、階段があれば、ジイちゃんを背負って、石段を登った。これで段々と衰えて行くだろう。うまく、やっていると思ったところが、ある日、誰も居ない家の廊下を、杖なしで、「スーィ、スーィ」と平然と歩いているのを、偶然見た孫の若者はショックをうける。ジイちゃんは隠れた所で、特攻精神で、カラダを鍛えていたのだった。
★老人といって、甘えかしたら、イカン。しかし、ムリを、させても、イカン。その折り合いが難しい。歳をとれば、そんな事ばかり考えております。