2016年12月10日土曜日

からだ、ふら、ふら。おかしい。でも、今日は良し

きのう、巡礼に行った大村の教会の庭に立つイチョウの木です。先ずは落ちている葉っぱの美しさにデジカメを向け、それから木を仰ぎ見ました。
★昨日は、朝、起きると、すぐ、何やら、からだに異常を感じた。ふら、ふら、する。歩けない。なにかが、おかしい。身支度をして、暗い廊下を歩くと、足が定まらない。歩きながら、首を、右、左に向けると、まっすぐに歩けない。「こりゃ、たいへんだ」
★ミサのとき、座っておれば何ともない。しかし聖体拝領へ行く足取りは、遅くて、ゆらゆらして、祭壇まで行くのが、精一杯だった。「なにか知らん、気乗りがしない」
★入浴の日になっていた。風呂に入ろうか、止めておこうか。「湯の中で倒れたら、どうなるか」。迷ったが、ふらふらしながら、お湯につかった。
★午後からは教会巡りに行くという。止めようか。普段通りに、参加した。帰りの途中で、「道の駅」で休憩し、皆さんは買い物をしていた。私は、生産者の名前と日付けがついた小ツブの「イチゴ」を買った。「イチゴ」の匂いが好きなんです。300円でした。
★からだと、アタマが連続しているらしい。いま考えていることは、「現在」の心やからだの状況です。具合は、どうなのか。「過去」に何を成したか、いまでは余り問題ではない。むしろ「未来」に興味がある。これから老いて、どのように、からだの状況に変化が起こり、命の最後を迎えるのか、一抹の不安があります。
★とにかく、「今」を、一日、一日、過ごすのが、課題です。
★今日は、朝から、正常に戻りました。「なにか、血圧に、関係があったのかな」