2016年9月13日火曜日

人の痛みに添えられる資格が、お前にあるのか

ホームの入居者が亡くなると、教会での葬式の後、祭壇には、このように華やかなお花で飾られる。
★いまから、5,6年前の話です。私が、まだ元気で長崎・聖コルベ館で活躍していた頃、ここのホームを訪ねたことがある。その時、知り合いの女性と会話をした。女性は、「自分は、いま、心の病に罹っていて、苦しんでいる。どうしたら、いいか」と、すがるような目で、私を見つめた。
★その時、私が、どのような返事をして、女性を慰め、励ましたかは、覚えていない。ただ、ホームの印象として、自分は絶対に、ここには来ない。このような場所では生活できないと、強い反発心を抱いたのは、覚えている。まさか、自分が、将来、このホームに入って生活するなど、考えてもみなかった。
★それが、人生って、ふしぎなもので、イヤだ、イヤだと、反発する処へ流れて行くものと思う。
★数年経って、私が、自分のからだの都合で入居を余儀なくされたとき、部屋は、あの女性の近くになった。毎日のように出会って、挨拶もしていた。2年前になる。
★女性は、私が入居したのを見て喜び、安堵して、「話を聞いてください」と、度々願っていた。そして、ある日、渡されたのが、1通の、私の手紙だった。多分、その手紙は、5,6年前、訪ねた頃、私が、女性に書き送ったものであろう。その手紙には、こう、書いてあった。
★「人は、生きている限り、人、それぞれに、いろんな悩み、苦しみがあります。それを自分のものとして受け入れて、生きるしかないのです。自分の苦しみだから、自分で耐えるしか、ないのです。あなたの心的苦しみ、悩みで、ツブれてしまうような、ことはないです。胸が、もやもや、なる。頭が、イタくなる。もや、もや、あっても、イタさ、あっても、それを受けて、生活はあたりまえにして、起きて、食べて、歩いて、笑って、ねむって、生活をつづけて、いって下さい。苦しいのは、わかっています。あせる気持ちもあります。それらを受け入れて、生きつづけるしか、ないのです。体が元気なら大丈夫です。2008.3.7」。日にちまでも、印してある。
★それから、6年半後、2014年10月に私が入居して、この手紙を渡され、自分自身で読んだとき、実は、私はショウゲキを受けた。入居した当時、私も、どれほど悩み、苦しんだことか。「眠りなさい、笑いなさい」って、ジョウダンじゃ、ないですよ。あの時は、簡単に書いたけれど、いま、それが出来なくて、自分が苦しんでいる。「それでも、生きよ」、そんな軽いものなのか。
★果たして、人に意見する資格があるだろうか。無力を痛感した次第でした。本人の痛み苦しみは、他人には分からない。落ち込んだ自分が居るのを、現実に痛感し、思い知った。
★1枚のメモを見つけた。「車椅子で、笑わない、あの女性を見ると、悲しい。ホームに入って、もう10何年になる。心の病で悩んだ時期もあった。私が入居したときは、自分で歩き、ロザリオにも参加していた。1年で、こんなに変わる。それでも生きるしかない(2015.10.10)」
★女性は、その後、亡くなった。もう、どれほどになるだろう。自分は今、ホームに残って、自分の現実から、人に助言を与える無力さを知り、「自分の十字架は、自分で耐えるしかない」と、肩の重みを、イヤというほど感じている。故・女性のために神の国への安息を祈る。