2016年9月11日日曜日

原爆を語る。写真家が、語り部を撮る。充実1日

きょうは久しぶりに、原爆の語り部になって、楽しい1日となった。「写真家を連れて来ます」と長崎から電話の連絡があったのを心待ちにしていた。
★午前中、決めた時間、ホームの応接室で冷房をきかせて待っていると、定刻に、3人が現われた。
★美弥子さん(左)と、山川先生(右)、そして写真家の女性。
★もう以前の話だが、母親が原爆死して、50年忌に、平和推進協会に入った。そのときの推進協会の仲間が、美弥子さんと、山川先生だった。だから、よく知っている。再会をなつかしんだ。山川先生は、「長崎のコルベ神父」や「長崎オラショの旅」を読んでくれている。本も持参していた。
★写真家、といっても、ごまんと居るではないですか。だが、この写真家は、著名な人らしい。お名前は、「大石芳野さん」。コソボで撮った分厚い写真集をくださった。「ベトナム、カンボジア、アウシュヴィッツ、アフガニスタンなど、戦争と人間を見つめつづけるフォト・ジャーナリスト」と本の帯びにある。土門拳賞、講談社出版写真賞、他にも幾つもの賞をとっておられる。どんな写真になるのかな。
★原爆・被爆者を撮りたい、と1冊目は発行した。その本も見せてもらったが、美弥子さんも、山川先生夫妻も、その写真集に載っている。「次の作品も出したい」と、お2人に相談したら、「小崎さん」の名前が挙がって、それで訪ねて来た。先生は、「お元気そうで、安心しました」
★自著の「長崎・原子爆弾、18日間の記録」を贈って、17歳のときの被爆の体験を私なりに語った。「ドラマのようですね」と先生。
★湯江教会のなかで、撮影は行なわれた。何だか、今日は、充実した日だったな、と満足だった。「小崎さん、まだ語り部が出来ますよ」。美弥子さんはそういい残して別れた。