2014年7月9日水曜日

信徒発見のクララ・てる、姉ゆりの先祖は鳥取だった。

★鳥取の旅で見つけたオモシロ風景です。スルメ・イカを、くるくる回して、1夜干しにしているのです。ここは海岸を海から観光する船が出る港でした。船から上がってみると、もう干しイカの台は、取り外していた。★鳥取・最後の夜食は、皆さんと話が盛り上がった。そのとき、キリシタンの話をした。迫害で、全く司祭が居なくなって、信徒発見のプチジャン神父に出会うまで、222年間あった。大浦天主堂が建ったとき、浦上のキリシタン、姉イザべりナ・ゆり、妹クララ・てる、が大浦天主堂へ行って、プチジャン神父に出会った。有名な信徒発見で、お互いが、大いに喜んだ。その話を鳥取の皆さんにしました。日記にも載せた。★さて、昨日です、クララ・てる、の5代目・森内浩二郎さんから電話があった。「小崎サンの日記を見ていたら、てる・ばあさんの話が載っていた。鳥取へ行かれたんですね。実は、てる・ばあさんと、ゆり、は姉妹ですが、先祖は、鳥取なんですよ。父(秀雄さん・4代目)が亡くなる時、聞きました。うちらの先祖は、鳥取から来ただろう。鳥取の武士だった。教えを守るために、向こうから逃げて浦上へ来た。証拠は、戦前に、片岡弥吉先生が、研究本のなかに書いてある。溝口の家の者です。浦上の本原郷・平『ひら』です。姉ゆりは杉本の嫁に、てるは森内の嫁になる。★「そう、だったんですか。惜しかったな。ゆり、てる、が、あの話のときに鳥取出身と分かれば、皆さんは喜んだでしょうね」。惜しまれる話だった。