2013年4月9日火曜日

1枚の写真の行方。時代は流れ、人は去り、オレは長生きするぜ

1枚の写真がある。右下の年代からすると、1年半ほど前のスナップです。左から、長崎出身の橋口修道士。中央が平戸出身の崎辺修道士。右が、おなじみトマ小崎修道士。80歳以上で、聖母の騎士を守る3羽カラスといわれている。真ん中の崎辺修道士が、体力の衰えを感じて、老人ホームへ行く記念に写したものです。あれから、人の移り変わりは、激しいですね。昨日が、真ん中の、老人ホームへ行った崎辺修道士(86歳)の葬式でした。故郷を捨て、家族から別れて、修道士になったからには、孤独に耐えて、ひとり修道・奉献生活に、それは、それは精進してきた。主に、院内で、隠れた支え手として、掃除や食器洗いや、営繕の仕事に徹してきたのです。だから告別式には、弔電は1つもなく、参列者も、まばらでした。そこでトマ小崎修道士が、式中にオルガンを弾いていた赤尾院長さんの許可をえて、「天国へ、見送る、ことば」を読み上げました。その真意は「アンドレア崎辺さんは、古典的な修道士の生き方の模範です。昔ながらの修道者の生活を、真っ直ぐに、ぶれることなく、貫いた生涯でした」。これです。1つの役目を果たして、トマ小崎修道士は一応、満足でした。葬式が終わって、皆が食堂に集まった時に、隣の席には、(写真・左の)橋口修道士(79歳)が居た。彼が、トマ小崎修道士に、こう言ったのです。「トマが死んだら、送る言葉を、言って、やるねんな。病気ばかりで、60歳しか生きないハズのニンゲンが、85歳、それ以上、生きた。神さまの使命があった。そかし人使いは、荒かった。でも優しいヒトだった」と。トマ小崎修道士は、それを聞きながら、実際に、当を得ているので、「人使いが、確かに、荒い。オイ、これを、せろ。あれを、運べと、命令調が多々ある」。それで、トマ小崎修道士は、ただ、ヘラ、ヘラ、笑うばかりであった。この日、橋口修道士は、老人ホームがある湯江修道院へ転任して行った。今日から、トマ小崎修道士が、1人残された。「さあ、もっと長生き、するぜ」