2013年4月11日木曜日

こういう出会いもあるのか。50年前の思い出話の娘さんが

むかしの実話です。あの頃、まだ若かった。長崎から東京へ。当時は寝台列車を利用していた。広島あたりで夜があける。東京はまだ遠いので、広島で途中下車をして、1つの用件を果たした。降りて、改札へ行くと、キップがない。財布もない。「あッ、車内に忘れた」。発車ベルがなる列車に、あわてて飛び乗った。何んと、忘れ物は、車掌さんが駅員へ渡したところだった。すでに本人を乗せて急行列車は発車した。20分ほど走ったか、やっと次の駅に降りて、折り返し列車を待った。40分ほど待って、列車が入る。空いている席に座ると、窓辺に『聖パウロ物語』が置いてあるではないか。老人が眠っていた。目をさまして、お互いに、カトリック信者と分かって、話がはずんだ。最近、洗礼を受けたという。信仰を語り、慰め、励まして、別れた。広島で用件を果たして、急行列車に乗り、東京方面へ向かった。列車内は混雑していた。1つだけ、席が空いている。そこへ座った。なんと、目の前に、あの老人が居るではないか。「ああ、また会いましたね」。すっかり意気投合して仲良くなった。この近くの都市で、材木商をしているが、いろいろ困難がある、悩みもある、という。その悩みとは「自分は若い頃、いろんな体験をやり過ごした。因果応報もある。自分はこれで救われるか悩みます」と言った。若い修道士はそれに答えて次のように慰めた。「救いは神さまのお恵みです。私たちに資格があるから救われるのでなく、お恵みとして与えられます。素直に心を開き、その恵みを受けましょう」。その後も、訪ねて行ったり、文通を交わしたり、交流がつづいたが、もう亡くなられた。思いもかけない2つの出逢いが、ご縁をつなぐこともある。「ジンセイには、こんなフシギが、度々あると思う」。老人には、娘さんが居られた。時々交流をさせてもらっている。何10年のおつき合いだ。「ピン、ポン」。聖コルベ館のベルがなって、入って来たのは、あおの老人の娘さん(と言っても、もう熟年)とダンナさんの夫妻が姿を突然、現して、ビックリさせた次第だった。「よー来たね。ゲンキしとった?」「小崎サン、ゲンキそう」