2013年4月21日日曜日

喜びなさい。最高の再会があった。神の導きに、カンシャです

昼食後、午後、自室で休んで、3時に聖コルベ館へ出た。資料室に、男性がいる。早速、声をかける。いつも、だいたい、3つの問いをする。「長崎へ来て、何日目ですか」「長崎は、初めてですか」「コルベ神父さんは知っていますか」。男性にも声をかけた。「山梨から来た。2日目です。長崎へは度々来ているが、ここは3度目です」。そう言って、1枚の写真を見せた。「バイクで来たときです」「え、え」と絶句。男性の説明によると、バイクが好きで、何年も乗っている。山梨から九州へ。3度目に来た時、駅の所で、小崎サンの「長崎あんない」(36ページ)を見つけて、これを頼りに初めて来た。小崎さんに説明を受けて、ビデオを見せられた。そして、もう1回来て、次に、2007年4月にバイクで来た。「その時の写真が、これです」と、見せられた。{上の写真)。「やあ、なつかしいなあ」。2007年だから、まだ苦難の前の年だ。「それにしても、アタマ、ボサボサだ」「小崎サンは、今度、来る時は、洗礼を受けていなさい」と言ったそうだ。「何か、変化は、ありました?」「ハイ、洗礼を受けました」「ええー、よかった」「娘が先に受けていた」「洗礼名は何ですか」「・・・」。すぐ出てこない。「大村の(殿さま)純忠(すみ・ただ)の霊名です」。そう言われて、今度は、覚えているはずの、純忠の霊名が出てこない。「ああ、思い出した。バルトロメオです」「そう、そう使徒の名でした」「聖母の騎士誌、読んでいる?」「『長崎あんない』見つけた時から(1983年)から読んでいます」「愛読者だね」「長崎オラショの旅も読んでいる」。こんな再会があるだろうか。30年前ですよ。1冊の小冊子を見つけて、バイクで山梨からやって来て、2度目は写真を残した。そして、いま、3度目。出会って、洗礼を受けてきたという。「ありがたい、再会だね。うれしかったよ」。男性も大いに喜んでいた。長崎へ興味を持ったきっかけは、高2のとき教科書で、遠藤周作の「沈黙」を習った。大学の時、「沈黙」を読んで、長崎やキリスト教に興味を持った。どのように導かれるか、わからない。「いま来た時、どこを回った?」「善長谷、神の島、外海、遠藤文学館」「ええ?善長谷にも、行ったの」。この度は飛行機で来た。「いま、何を感じる?」「沈黙は、助けるために、踏むのも勇気」「洗礼を受けて、変わった?」「最初は感動があった。いま教会の会計、頑張ってやっています」。大きな出会い。喜びの再会。偶然の1冊が、聖母の騎士へ。小崎さんが背中を押してくれた。「洗礼、受けて、来なさい」。実現した。すばらしい人生。この日、気持ちは、本当に、「最高に、良かったよ」