2012年10月15日月曜日

学園の卒業生たち、一堂に集まる。皆の顔、輝いているぞ

聖コルベ館のホールに、大勢が集まった。小崎修道士も、右端にいる。聖母の騎士の学校の卒業生たちだ。ひさしぶりの再会だった。この学園は、聖コルベが創立した誉れ高き学校だ。道は2つに分かれ、修道者になった者と、社会で活躍する者、お互い違っているが、「アタマが、白くなっているのは、同じだなあ」。市内はもちろん、出会いのために、東京や、名古屋、鹿児島から、奄美からも参加している。懐かしいなあ。「このヘン、ずいぶん、荒らし周ったモンなあ」。今となっては、笑いのタネさ。賑やかに、語らいは、つづいた。「トマさん、カラダ、大丈夫?」。声かけられる。「ああ、見ての通り、ダイジョウブさ」。同じ釜のめしを食っているから、心通じるものがある。学校について、詳細を語れば、聖コルベが創立のときの名称は「本河内神学校」だった。戦中は、苦しい時代がつづく。憲兵隊から、監視され、学校は休校となる。生徒たちは、市内の中学校に通った。戦後、「聖母の騎士中学(旧制)」として新たに発足。すぐ、新制・中学校、高等学校となった。最初、学校の特徴は、みな、生徒は神学生だった。小崎修道士が、高等学校第1回の卒業生だ。とは言っても、この連中は、誰も話題にする者はいなかった。その後、一般学生にも解放され、神学生は徐々に減少して行った。これも時代の流れか。いま、神学生の高校生は、2人しか居ない。寂しい限りである。