2012年10月2日火曜日

福松さんの冥福を祈った。教会の中央に福松さんの遺影があった

キリシタンの里といわれている外海・黒崎教会。多くの悲しみの人が、ペトロ田川福松さんの冥福を祈りました。参加して、祈ってみて、本当に、カトリックらしいと言うか、悲しいのに、なぜか、心の安らぐ葬儀でした。また写真のように、教会の雰囲気があるのです。福松さんはこの村で生まれ、この教会で洗礼を受けて、この教会への祈りから兵隊へ行って、凱旋して、この教会で生涯、祈りつづけてきた。2000年には大改築を率先した。いま、皆さんから見送られて、自分と神さまの壁になっていた肉体を取り払って、神のイノチと、愛に包まれていく。本当に恵まれた福松さんの生涯でした。参加している人たちも、福松さんと一緒に祈り、議論し、笑い、励ましあった皆さんです。そう思うと、本当に、葬式の意味がよく分かります。よく、テレビなどで、イタリアや、スペインの小さな村で、村全体の人から見送られている場面を見ているが、全く、そのような感じがしました。いいですね。福松さんは幸せだった。やっぱり、人は死ぬときも、ケジメをつけて、人生の舞台を終わりたい、幕を引きたい、そう思った一日でした。福松さんの平安のためお祈りください。