2012年10月25日木曜日

島原2日目。天草に渡る。切支丹は使うなと、天草のヒト

島原の定宿、富士屋さんから、昼間、海を渡って、天草へ出かけた。海の上は気持ちが、いいね。むかしの宣教師は苦労して渡った海だよ。こんなにラクで、いいのかなァ。フェリーで、30分。天草に着いた。天草は、南国の木々が高くそびえて、やっぱり、違うな。天草に来たのは、矢田部さん夫妻に出会うため、夫妻の家におじゃまするためだった。フェリー着き場に、夫妻が出迎えてくれる。いつも天草に来ると、お世話になっている。天草は奥さんが生まれた島。奥さんは、今年の春に、1年半、教会で、渡辺神父さんに要理を習って、洗礼を受けた。要理では、ダンナさんも、いっしょ。シスターもいっしょ。励まされながら信仰を得た。それから奥さんは変わったね。明るくなった。積極的になった。ソバで見ていて、ダンナさんのことを、いつも配慮し、「これ食べ」「あれ食べ」と、小まめに動いている。見ていて、楽しいよ。今まで、海沿いの古いアパートで暮らしていて、私も何度か訪ねたが、今度、家を変わったという。「その家を見に来ましたよ」。家は、フェリー発着場から車で50分ほどの山中にあった。「教頭先生が住んでいた家を改装した」という。天井板、壁などは、ゴシゴシ、こすって、きれいにした。夫妻の努力で、ピカ、ピカに輝いている。軒下に、つるし柿が連なっている。「あまくさ、やなあ」の感じ。近くに、サンタ・マリア資料館(天草キリシタンの遺品を展示)がある。見学した。資料館の館長さんは言った。「切支丹、これは使ってはいけない。支は、支える。支えるのは首のこと。首を切る。これはダメです。むかしは吉利支丹と使った。明治以降は、クリスチャンです」。1つ、いいことを勉強したな。