2012年10月21日日曜日

列車のなかで、弁当を食べる。長崎に着くと、真っ先に帰る

夜がせまるJR博多駅。ぼんやり、列車を待っていた。ふと、目の前に、JRの職員が立っている。肩に「運転士」とあった。彼の視線も待っている。「ああ、この人が、『かもめ』を運転するのか。偉いなあ」。やがて、『白いかもめ』が入ってきた。運転士が足早に近寄る。並んでいた乗客たちも、あわただしく乗り始める。夕方、5時の発車。2時間かかるので、長崎着は、7時になる。長崎駅に着いたら、急いでタクシーで帰るつもりで、弁当を買った。九州にも、いろいろな駅で作った自慢の弁当が発売されて、迷う。買ったのは、鹿児島の「焼肉弁当」だった。帰りの列車に揺られながら、まだ亡くなった従兄を想う。葬祭場で、お骨を骨壷へ入れるとき、斎場の職員が、「お年の割には、頑丈なお骨をしておられます。食べ物に気をつけておられたのでしょう」と言った。誰かが小さな声で「野菜は、キライだった」と、ささやいた。「肉が好きだった」。牛肉弁当を食べながら、余りにも目まぐるしい日程に、いささかの疲れを感じていた。会う度ごとに「大丈夫ですか」と念を押される。気持ちは有りがたいが、あまり言われると、気が滅入ってしまう。この度は、つづいて2度も博多へ出かけたので、自分でもカラダは大丈夫か、と憂いた。ゆっくり休むことにしよう。聖コルベ館に帰り着くと、もう祈りも、夕食も終わっていた。こうして悲しみの博多の旅は終わった。1泊2日の旅であった。