2016年7月19日火曜日

思わぬ出会い。スイカのおみやげ。秘めた実話もあった

長崎から電話があった。珍しい名前の「肥喜里(ひきり)」さんからである。玄関で待っていると、個人タクシーが止まった。彼の職業はタクシーのドライバーです。近所の女性、貴子さんが同行していた。
★肥喜里さんは、パソコンで「小崎」を検索していたら、「小崎サンが出た。日記を読んで、懐かしくなって、訪ねて来ました」
★貴子さんは、浦上・本原で「9の日の祈りの集い」に、時々祈りを共にした女性だった。「9の日」というのは、原爆が落ちた日のことで、毎月、9の日には、肥喜里さんの数軒隣のお宅に近所の家族が集って、先祖や原爆死した故人のために祈る習慣があった。私も何度か参加していた。
★久しぶりの出会いに喜んだ。2人は「スイカ」のおみやげを持ってきた。ありがたいことです。私が「ゲンキそうなので、安心した」と言った。9の日の祈りは、今年の5月まで毎月つづいたが、老齢化して、いまはお休みしていると、祈りがない、寂しい思いをした。
★肥喜里さんは、浦上・本原に家がある。従姉のナヨさんと同居していた。ナヨさんには秘めた実話がある。1957年7月25日、諫早大水害のとき、諫早の従兄夫妻のお宅にお手伝いにきていた。巨大台風が襲い、私の記憶では、タタミ1枚に、ドラム缶7本分の雨が降った。家は流され、夫妻は行方不明となる。ナヨさんは、有明海を30kmの流されて、幸いに漁船に助けられた。裸だったが、胸に、マリアの「不思議のメダイ」がかけられていた。マリアさまの「メダイ」に救われたのだった。記事を書いたことで、ナヨさんや、肥喜里政幸さんと、ご縁ができた。