長崎のカトリック修道士。17歳の時、原爆を受けて、この道に入る。 生かされて来た数々の恵みの中で、今年の1月、最大の試練「すい臓がん」を告知された。 「みむねの・ままに」。孤独と苦痛に耐え得るチカラを日々、祈る。 毎日、日記を書き続けて13年。今、長崎市の病院・ホスピス病棟で暮らす。 追記 2021年4月15日 午後6時48分 帰天されました。享年93歳
2013年5月9日木曜日
トイレで助けられ、転倒で助けられ、無事に終わった旅
韓国旅行中、気をつけていたことが、2つあった。①転ばないこと(コケないこと)。②トイレが近いこと。病気がら、トイレが近いのには、参ったね。腎臓が活発に動き出すと、15分おきに行く。テグで、4日間、教区のクルマで運転してくれたのは、トマ崔相烈さん(写真・上・1954年9月2日生まれ)でした。お世話になりました。テグの都市は、東西に長い。あっちに走り、こっちに走り、遂に「トマさん、トイレに行きたくなったよ。どこかトイレはないですか?」。町の中には公衆トイレはない。でもトマさんは運転しながら、うなずいた。「ええ、大丈夫ですよ」。連れて行かれた所は、何処と思いますか? 何と、お巡りさんが居る交番でした。「警察、大丈夫だよ」。トイレだけ、すませて「カムサンムニダ」。捕まえられなかったよ。②転ばないこと。3回、転びました。危なかったね。1回目は、和食の食事処で、石段を踏み外して、「アッ、アブナイ」。幸い、転ばなかった。2回目が、ホテルの食事処を出るとき、段差があった。「これも、アブナイ」。3度目は、帰りの空港で、空港バスに乗って搭乗機に向かうときです。バスの上り段が高すぎる。段で転びそうになった。すると韓国の若者は偉いね。上から手を差し伸べて、老人を労わり、満席のイスを押しのけて座らせてくれた。無事、飛行機に乗って、釜山を出発した次第でした。「トマさん、ありがとう」「助けてくれた若者よ、カムサンムニダ」
登録:
コメントの投稿 (Atom)
小崎さんが転倒に至らず
返信削除トマさん始め韓国の若者の方に助けられ
無事帰国なさったことにカムサンムニダ
充実した旅の様子が、ブログから伝わって来ます。
返信削除コルベ記念館で、皆さんに語って下さい
12月の長崎訪問を楽しみにしています。