2013年5月7日火曜日

韓国への旅。7日目。長崎へ、旅を終わる

今度の韓国の旅で、最もお世話になったのが、パウロ崔玉植・教授(1935年5月19日生まれ)です。写真の先生です。中学・高校は、李文煕・大司教さまと同級生だった。だから、とても仲がいいわけです。信頼もある。教授は、ソウル大学・物理学科を出て、軍隊を4年勤めて、オーストリア・ウイーンに6年間、留学した。韓国へ帰って、大邱・嶺南大学の教授になる。30年勤めて、2000年、フリーとなる。退職して、名誉教授。1996年、初めて長崎へ巡礼。2006年、如己の会をつくり、会長となる。「李・大司教さまは、お祝いされるイヤです。逃げるね。長崎へ巡礼、逃げるね」「崔先生、大変、お世話になったね。先生が居なければ、こんな素晴らしい旅は出来なかった。釜山空港に出迎えて、クルマの世話から、食事の世話、食べるものも、ちゃんと配慮している。和食、韓国食、洋食、中華料理、キジのシャブシャブ、牛肉のシャブシャブ、みんな、配列がいいよ。感心だな」というと、崔・教授は、「ボクは、やりたく、ないんだが、命令だよ。李・大司教さまが全部、仕込んでおられた。ボクは、それを果たすだけです。ボクは、何にも、しないよ」と謙遜される。「エライ教授だよ」。それに教授の日本語にはマイッタよ。「シャクを起こさないように」と言う。「なんの、ことか?」。不審に思っていると、思い当たった。「シャク」とは、癇癪(かん・しゃく)のシャクだった。★大邱市内から、30kmほど離れた、山にある、殉教者の山、殉教者が暮らした家々の再現跡(オンドルが懐かしかった)がある。傍らに、スズランの広い群生があった。残念ながら、花は未だ咲いていない。見渡すと、大きな施設の、黙想の建物、神学生の研修の建物などがある。殉教者の墓がある、山へと少々登る。先までは行かなかった。敷地は、4万坪があるという。その壮大な設備に驚愕した。とにかく韓国のカトリックはスゴイよ。あらためて見直したよ。★シスターの修道院へおじゃました。玄関で、シスターが迎えてくれる。先ず、修道院内の資料室を見学する。立派な展示に感心した。歴史を大事にするのだろう。次いで、夕べの祈りに参加した。イエス聖心侍女会。白いベール、修練者が10人、黒ベールのシスターが20人、皆さんは心も声も合わせて、詩篇を、立ったまま歌う。神さまに祈りを捧げる敬虔な心、神に犠牲を捧げる、我が身をもって。清らかに生きる。結婚しない。己の弱さに打ち勝つ。修道の原点に帰る思いがした。他者に奉仕するも、祈りで捧げるのも、いっしょ。神は何を望み給もうか。神の望みは、その人に与えられて、召命を果たしていく。「我に、成れ、かし」と。隠れたシスターたちだが、聖堂の祈りにつながっている。1人じゃ、ない。汝を、孤独に、残さない。聖堂を見れば、高い天井、簡素な壁。細やかな配色のステンド・グラス。夕べの祈りを聞いているうちに、涙が出てきた。「罪人の我を清め給え」「我が過ちを許し給え」「神よ、我がタマシイを受け納め給え」。もう、日本にこのような光景はあるか。悲しいかな。日本の信仰に、誇れるものが、あろうか。