2013年5月13日月曜日

なぜ長崎巡礼に来る?長崎で韓国の人は何を感じるか

昨年は、韓国から、聖コルベ館には、年間、2.000人の巡礼者があった。信者も多い。祈りも、聖歌も、盛大に行なっているのに、なぜ、長崎へ巡礼に来るのか。韓国を周りながら、ふと気づいた点がある。教会は多い。施設も立派だ。しかし長崎には、大浦へ行けば、神父発見、200年隠れていた信者が、「サンタ・マリアさまは有るか」「あなたは独身か」「ローマにつながっているか」。人間の生き方がある。コルベ神父、26聖人の3人の子どもたち。浦上へ行けば、永井博士、3.384人の旅への殉教、外海へ行けば、ド・ロ神父の働きがある。つまり「ジンセイの生き方の模範」がある。そこに引き付けられるのでないか。「韓国にも、そのような人が居るのですか」「ハイ、居ります。お医者さんで、貧しい病人を無料で診る。沢山の教会を建てる。子供には財産は残さない」。そういう人は居る。だが、やっぱり生き方が、人を引きつける。そう感じました。長崎へ来る1つの憧れではないでしょうか。★1人の神父さんが、隣の席に座った。「どこかで見たことがあるカオだ」。考えて、思い当たった。長崎へ巡礼の案内で来る司祭だ。「何回、行きました?」「45回」「え?びっくり。45回も行って、どうしても忘れない事、1つ挙げれば、何ですか」と問うた。神父さんは、しばらく考えていたが、やがて熱っぽく言った。「原爆資料館、最初から、天主堂の崩壊や、死者、負傷者の残酷さ、やられた、やられたと、沢山ある。なぜ戦争を始めたか。周りの国、謝罪、少しだけ、最後に、あった。ザンネン、それ、感じます」。日本人は、自分たちだけが、やられた、やられたと、訴えていいのか。もっと周りの国の人のことも考える。韓国、中国、東南アジアの国々。日本の侵略戦争。どれほど悲しみ、苦しみを与えたか。戦後、日本はアメリカに頼って、人まかせだった。自らの反省も、賠償もなかった。それに比べて、ドイツは自国で賠償をなし、復興にチカラを入れた。そこが違うのではないか。もっと自力での日本再生が必要、覚悟がいるのでないか、そう思った次第です。