2013年5月14日火曜日

まだ生かされる。ありがたい。痛くても、朝は来る

退職して、10年になるという男性は、おいしそうに、お酒を飲みながら、つぶやいた。「まともに、働いたけん、安心が、ある。平和たい」。なるほど、味のある言葉だな、と思った。「いまは、三味線を習っている」「優雅や、な」と応答した。しばらく、沈黙が、つづく。手前が、言った。「そうやな、ジンセイ、いろいろ有ったが、まだまだ生きている。フシギやな、思うよ。生きているのが、ありがたい」「そうや、そうや」と、相手も、納得してくれた。ジンセイとは、なんぞや。誰かが言っていたな。「人生は、与えられた、時間だ」と。確かに、そうだな、と納得する。短く生きる者も居れば、長く生かされる者も居る。誰に、どれほどの時間が与えられるか、分からない。精いっぱい、生きようではないか。自分のジンセイ、大切にしよう。「若いころ、よく病気したよ。苦しみの最中、出て行け、という人も居た。だが、助ける人も居た。乗り越えてきたんだよ。まだゲンキが残っている。痛いところ、いろいろ有るが、まあ、ガマンすれば、明るい朝も来るさ」。相手の男性は、黙って、お酒を注いだ。言葉では言わぬが、人間は、肉体ばかりでなく、霊的なものも持っている。肉体も、生かす、霊的なものも、成長させる、そうでなければ、充実したジンセイとは言えないよ、な。