2019年3月1日金曜日

91歳の誕生日。生まれた場所は北朝鮮の海辺の町だった

父と母は、1926年・大正15年3月13日に結婚した。父、松吉は37歳。母、ワサは26歳。11歳も年が離れていた。結婚式の写真が1枚残っている。母が立っており、父は腰掛けている。父は足に少しばかりの障害があった。
★2年後、私が誕生した。61年前になる。生まれる幼児は、どの家族で生まれたか、どの土地で生まれたか、どの宗教の家族であったか、影響を受ける。
★私が生まれたのは、北朝鮮の北部の小さな都市だった。中国、ロシアの国境に近い。日本海側の海辺の町だった。メモによると人口は凡そ2万2千3百人。日本人は2千2百人。中国人が900人。僅かにロシア人。後は朝鮮の人たちだった。
★家の職業は「精肉店」。日本人が買いに来た。宗教はカトリック。父は外海・黒崎。母は浦上。根っからのカトリック信徒だった。日本人は誰もカトリックは居なかった。もちろん教会もない。後で、教会が出来て、朝鮮人の司祭が常駐し、カトリック信徒が多く祈り、その中で私たちも祈った。この宗教が、私に大きな影響を与えることになる。
★生後1年の頃か、写真が残っている。椅子に乗せて、母が後ろから手で支える。片足で立っているのが、なぜか、わからない。「精肉店」の牛や鶏を飼育するのは朝鮮の人であり、商売柄、牛肉、鶏肉の仕入れのため、朝鮮の人とは深いつながりがあった。幼児の私は、オンドル部屋の、ツルツルした紙の感触と独特の匂いを、今も覚えている。白い朝鮮服を着た男たちの膝の上に抱かれて、長いヒゲがはえた男たちの愛撫で育った感触が、今は懐かしい。私にとって、北朝鮮の庶民は、みな善人だった。
★叔母たちの話によると、私は「動くもの」=自動車が好きだった。当時はバスがも、自動車も少なかった。新聞に自動車の広告の写真が載ると、「切り取って、壁に貼れ、貼れ」と、せがんだ、と聞いたことがある。にかく「ジーッと」していない子だった。
★私が7歳で、父トマ松吉は病死する。17歳で、母クララ・ワサは原爆死する。家族には恵まれなかった。
★今朝は、以上のような回想をした。誕生日の今日は忙しい。午前10時にホームを高原修道士の運転で出発して、長崎市へ向かいます。「91歳の誕生を祝う会」が10人程で行なわれる予定です。日記を早めに書きました。今日の後半の「誕生会」は、どうだったのかは、次に知らせましょう。

10 件のコメント:

  1. おめでとうござりまする~

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  2. 大好きトマさーんお誕生日おめでとうございます��可愛いトマさーん(^^)お父さんもお母さんも素敵ですね。今日は 長崎市に来るんですか?皆んなでお祝いですね!今年1年トマさんが元気でステキな笑顔で幸せにな1年になります様に(^^)

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  3. お誕生日おめでとうございます( ´ ▽ ` )

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  4. 三橋理江子2019年3月1日 14:25

    登明さま91歳、お誕生日おめでとうございます。
    益々、充実の日々をお過ごしくださいますように。

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  5. お誕生日おめでとうございます。

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  6. 登明さん
    91歳のお誕生日
    おめでとうございます!
    一時期、ご病気で、とても心配しましたが、
    こうして、お誕生日を迎えられて、
    本当に良かったですね
    \(^o^)/
    これからも、91歳の日記、
    楽しみにしています!
    イエス、マリア、ヨセフ、
    これからも登明さんを
    お守りください!

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  7. トマさん、91歳のお誕生日おめでとうございます。暮れのご病気乗り越えられ本当に良かったです。新たなこの一年がまた楽しみに満ちた明るい一年でありますように。91歳の日記を楽しみにしています。

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  8. お誕生日おめでとうございます。

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  9. マリア・フランチェスカ2019年3月2日 0:10

    今日から91歳の日記おめでとうごございます。
    どうぞお健やかで恵み豊かな一年となりますように。
    毎日の日記を楽しみにしております。

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  10. トマさん、おめでとうございます!

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