2019年3月23日土曜日

アンズの花よ、実が成らなくても咲け、見て感心する人あり

「ごらん、きれいな、アンズの木ですよ。写真、撮らんね」。車を運転する高原修道士さんが、国道から急な坂道を、ホームへ登るとき、後部席のトマに、声をかけた。「ホントだな。よし、止めてよ」。車の窓ガラスを下ろして、一発、撮ったが、どうも肝心の木が小さい。「もう、ちょっと、車をバックさせて」。デジカメを少し望遠にして、もう1枚撮った。それが下の写真です。
★きれいなアンズだな。花は、薄い黄い色。湯江修道院のヨゼフ橋口修道士さんの解説によると、40年ぐらい前に植えたという。その時、彼はホームの事務長。園長は初田神父さん(今は故人)の時だった。「アンズは、真っ赤な、親指ぐらいの実がなるんだがね。あの木は、なる実が少ない。実が多くあれば、焼酎につけて、アンズ酒を造ればいいのだが、出来ないね」。花は咲けども、実はならず。悲しそうなアンズの木だった。
★だがホームの歴史を知っているアンズの木。ホームは50年ほど前に建てられている。園長も、初田神父さん、江口神父さん、松尾神父さん、川渕神父さん、坂谷神父さん、柳本神父さん、そして今の山内神父さんと代わった。生存者は、後者の2人だけとなった。人は変わるが、花は変わらない。それが強みだね。花はエライよ。
★ホームに入って、「こころ」も「からだ」も何やら取り残される気分になった。寂しい気持ちも味わった。だが人生には、第二の人生も、あるさ。ダラ、ダラと生きるのではなく、何かを喜び、何かに熱中できること、自分がそれに向かって進めるなら、それで、よし。そう思うよ。
★ごらん、アンズの花は、実がならなくても、静かに、ひっそりと、リッパに、美しく、咲いているでは、ないか。それで、よし。それで、よし。高原修道士さんも「ごらん」と誘ってくれたではないか。今の自分に、未来を持たせよう。めっきり春らしくなった今日は、希望を持とうと、自らを励ましております。
★「写真集」の申し込みも、終わったようです。感謝のお手紙や、お菓子や、励ましの電話を頂いて嬉しく思います。支払った代価は、お恵みとなって、また戻ってきますよ。必ず。そういうモンです、世の中って。

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