2019年3月5日火曜日

愛知のお坊さん。2ヶ所で会えなくて残念。会いたかったよ

豪華なお花。赤いお花。3月1日、誕生日に届いた立派なお花です。ホームの玄関に飾りました。
★この日、1つの、心に残る出来事があった。長崎市の誕生会に呼ばれて行った。途中で、聖コルベ館へ寄った。すると事務室の女性から「あら、たった今、小崎さんを訪ねて、愛知県からお坊さんが来られました。帰られたところです」。ええ、ザンネン、と思う。
★愛知県のお坊さんと聞いて、すぐに思い当たる節があった。もう、何十年か前に、なる。聖コルベ館に勤めていた時、1人のお坊さんが見学に来られた。「大浦天主堂へ行って来ました。入口で、この言葉を見つけたんです」と、バックから取り出した数枚の紙片に「天主様」の文字が一杯、書かれていた。それは「公教要理」の文章だった。「え?それが有ったんですか?大浦に?」。非常に驚いた。お坊さんが、その公教要理を抜書きするなんて、更にマジで驚いた。
★誕生会を終わって、ホームへ帰ると、今度は事務室の女性から「あら、小崎さんを訪ねて、愛知県刈谷市のお坊さんが来られました。先ほど、帰ったところです」とメモを渡された。お寺と氏名と、「30年ぶりでしょうか、お元気ということで、よかったです」と書かれている。「ああ、残念、お坊さんに会いたかった」と、全く惜しい気持ちがした。
★確か、あのお坊さんの事は、記事に書いたことがある。思い出して、文庫本を調べてみた。「春いつまでも」(1998年発行)にあった。彼は教育大学を卒業して、教師をしばらく勤めたが、やがて退職。家で数年間、読書三昧にふける。他人から勧められてお坊さんになる決意をする。大学で1年間、仏教を学び、得度して養子となり、お寺に入った。45歳になる、と記してある。
★そして私自身も、大浦天主堂へ公教要理を見に行った。茶色化した紙片に質問形式で、33問の額が掛かっていた。例えば「人の活きているのは誰のお陰でありますか▲人の活きているのは天主様のお陰であります」「天主様はどういうお方でありますか、の問いに、神の遍在や、全知、全能などが説明され、▲天主様は何でも御存じでありますから、天主様を騙すことも、隠すことも出来ません。悪いことをせず、善いことをしなければなりません」
★私はお坊さんのお寺を訪ねた。立派な門構え。230年以上の歴史を持つ本堂。あれから何度も長崎へ行った。夜行バスを利用する。「長崎では、いつも大浦天主堂と聖母の騎士へ行きます。大浦では神父とキリシタンの出会い、昔の出来事、聖母の騎士は今も信念をもって生活しておられる。肌で感じますね」
★私は、お寺の名前から住所をネットで調べて、「お会いしたかった」とハガキを出した。ああ、ザンネン、お会い出来れば色々話もあったろうに。

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