2018年4月29日日曜日

もう1枚、母のいい写真が残っていた。母よ、母よ

もう1枚、母の写真があった。こちらの写真が好きだ。母の表情を良く表している。母は着物を好んで着ていた。自分でも着物を仕立てていた。母には、私の体のことで、本当に心配と苦労をかけたと思う。母に、何の感謝もお礼の業をしなかった。母は、私のことを、「コーちゃん」と呼んで愛した。私は「かあちゃん」と返して甘えた。
★今日は、日曜日で、「昭和の日」でもある。昭和天皇の誕生日をお祝いしていた日であろう。昭和天皇さまほど、ご苦労なさった天皇さまは居ないだろう。私は昭和の時代を60年生きて、平成を30年生きている。合わせて90年になる。
★母の語りに「カエル」の話がある。母カエルの言う事を聞かない子供のカエルがいた。「山へ行け」と言えば「海に行く」「勉強しなさい」と言えば「遊びに行く」。わがままな子供のカエルだった。いつも反対の事ばかり、言う事を聞かない子供のカエルだった。母親カエルは年々歳をとって、間もなく自分が死ぬことを予感する。子供のカエルに言ったのだよ。「かあちゃんが死んだら、川へ埋めておくれ」。そう言っておけば、反対の山へ、安全な所に埋めてくれるだろう。母カエルが死んだ後、わがまま子供カエルは初めて目がさめた。「おかあさん、ごめんよ。オレは、いつも反対ばかり、していた。今度は、母の言う通り、川へ埋めよう」。ところが雨が降ると、川が増水して大変だ。子供のカエルは、「ああ、おかあさんが流される」と泣いた。だからね、雨が降ると、いつもカエルが泣くんだよ。
★わがままな子供カエルのように、「言う事を聞かない子」だった。カエルの母は、水に流され、行方不明になったが、我が母は火に焼かれて行方不明になった。この話は何度思い出しても悲しい。