2018年1月26日金曜日

偶然は、ない。すべては、み摂理。そのままで、よい

いま「昭和の修道士たち」という題の試作本を校正している。その中に、ヨハネ村山修道士さんの良い写真がある。村山修道士さんは眼が不自由で、見えない。大正13年7月生まれ。ホームで静養しておられる。「この写真、載せても、いいですか」と、写真を説明して許可を願った。「いい、ですよ」と快く承知してくれた。
★村山修道士さんは、戦後間もなく洗礼を受けて、本会の修道士となった。職務は養護施設の指導員。10年が経った頃、眼の病気に罹り、両眼の視力を全く失った。その頃、私も施設の修道院に居たので、よく知っている。
★昭和58年・1983年、東京で、盲導犬「アルゴン」と生活を共に始めた村山修道士さんです。アルゴンには、10年間、お世話になった。早朝、アルゴンと一緒に、ロザリオを3本唱える時間、散歩する。修道院へ帰ると、犬の汗ばむ体を拭ってやる。愛情いっぱい注いだ。アルゴンも老いて、引退の時が来た。平成5年・1993年、最後の日、悲しみを堪えて、アルゴンに最後のシャンプーを3度丁寧にしてやった。次の盲導犬は「カール」だったが、5年で、血液の病気で亡くなった。それから盲導犬なしで、村山修道士は修道生活をつづけてきた。
★いま、ホームで、職員さんたちのお世話、介護を受けながら、食事は食堂で、後は自室で静かに暮らしておられる。93歳。私が写真の許しを願うと、彼は、次のように私に語りかけた。「イスラエル、ルルド、ファチマを巡礼していた時、声が聞こえた。『そのままで、いいんだ。すべては、み摂理。偶然は、ない』。奇跡を望んでいたからね。偶然は、なく、み摂理。聖母。聖霊さま。賛美と感謝。その心で、生きている」