2017年7月31日月曜日

純粋な男の子の精力的なチカラ。無心が体内から光る

昨日の「納涼会」の出し物で、特に目を引いた子供がいた。それが写真の左側の子です。3人とも懸命に叩いているのだが、手前の子の表情は全く違う。私は、それを見すえたのです。終わるまで、この子を見ておりました。
★しばらく観察していると、様々な事が私の中に噴出してくる。自分の持てる力を全部出し切って、無心にバチを動かしている子供。「言われた通りに、動いている」「手加減、しようと、思わない」「困難に、負ける心も、ない」。この子を観察していると、子供って、本当に、汚れなく、純粋ですよ。「子供のように成らなければ、神の国には入れない」。よく、分かります。見ていて、可愛いじゃないですか。自分の任務を懸命に遂行する。心の中に、余分なものは一切ない。体型も崩さず、最後まで頑張りました。こういう場面に遭遇すると、心は本当に癒されます。
★傾聴ボランチアの女性がきた。毎月、1度来ている。もう6度目になる。老人は、子供と違って、汚れや、傲慢や、駆け引きが多いね。まあ、話は、からだの調子が不具合なことから始めました。老人は弱いよ。これから先、どうなるかの不安もある。
★女性は、何でも辛抱して聞いてくれる。彼女は、意見は一切しない。話が途切れないように、こちらは次々と語りつづける。文句が多いね。あの太鼓の坊やに比べれば、恥ずかしいよ。「罪のない者から、石を投げ打て」と主は言われた。年寄りから、1人、1人と、立ち去った。聖書の物語は真実を表している。
★朝から入浴した。入江さんも、キリエさんも居なかった。1人で入った。入江さんは明日が誕生日です。大正14年に生まれた。92歳になる。おめでとう、を申したい。
『トマさんのことば』。お例文⑯埼玉県、美津子さん。「母の死をきっかけにごミサに与るようになり、十年前に洗礼を授けていただきました。もし、信仰を持つことが無かったならば「ふしぎなこと」に気づかずに暮らしていたかもしれません。ブログを通して、また「トマさんのことば」を通して、私はたくさんの影響を受けています。宣教という言葉の意味が、やっと分かった様な気がしています」