2017年7月5日水曜日

うまく行けば恵み。困難は神への疑い。試される信仰

山道で見つけた昭和の電灯です。珍しいのでデジカメを向けた。
★何年か前に、こんな経験があった。聖コルベ館に居たとき、立正佼成会から話を頼まれ、中古車の軽で出かけた。高速道路に3つの長いトンネルがある。3つ目の所で、急に車に異変が起こった。「ガクン、ガクン」と揺れたかと思うと、軽が馬力を失った。ちょうと、出口の近くであった。何とか、車を滑らせて、やっとトンネルを出た。幸い、路肩があった。軽をそこへ停めた。まだ携帯を持っていない頃だった。
★高速道路を通過する車を停めようと、手で合図するが誰も止めてくれない。やっと1台が停まった。「携帯、貸してもらえませんか?」「どうしたの?故障?電話なら、そこに有るよ」。車の人が指した、すぐ傍に、「緊急電話」があった。電話をかけると、30分ほどで故障処理車が到着した。修理工場は近所にあった。代車を借りて、走行をつづけた。
★そのとき思った。もし故障がトンネルの中央あたりだったら、どうなるか。片側一車線の道路だった。恐らく大混乱になっただろう。考えただけでも寒気がする。トンネルを出た所でよかった。しかも緊急電話が直ぐ傍にあった。だから助けられた。
★立正佼成会に行って、この経過を話すと、『妙』の世界がある、と言われた。お恵み、導きとは、いわない。『御守護』です。言葉は違うけど、確かに『妙』のふしぎな導きがある。そう感じた次第で、なぜか、この件は忘れることが出来ない。
★生活の中で、本当に、順調に事が運んでいくと、確かに神の導きが有ったと素直に感じて感謝する。そういう『妙』な出来事は、大なり小なり、生活の中で起こっている。それも信仰かも知れない。問題は、人生は平坦ではないことです。
★意に反する、逆らうことが、しばしば起こる。病気、がん、倒産、家庭の不和、裏切り、だまされる、借金など、様々な苦難が現実に起こる。そのとき、いかに、それらを乗り越えるか。そこが各人に信仰と共に問われるところです。
★神と、自分の現実を、どう考え、越えていくか、毎日、誰にでも問わされいる難題です。