2017年7月24日月曜日

ゼノ修道士の靴。ニホン全国を歩いて神の愛を伝えた

「大きなクツだね」「リッパな、クツじゃないか」。ゼノ修道士さんが愛用したクツたちです。長崎・聖コルベ館資料室に保存されている。「これを使って、日本全国を歩き周ったんだね」。クツが光るというか、ふしぎなチカラを感じた。貧しい人に、神の愛と命を伝えたんだね。大切な遺品です。
★1953年(昭和28年)の、私の手帳日記に、ゼノさんの記事がある。3月3日の項目だ。『火曜日。おひな祭り。朝、ゼノさんが来て言った。「きょう、おひな祭りね。ニホンのお祝い日です、これね。かわいそうの人、貧しい人、ね。お祝い、来ても、何もないです。わたし、こん晩、7時、皆さんを200人あつめて、ズボン、ジャケツ、パン、たくさん、あげます。それで、かわいそうの人のため、何か書いてください。貧しい人たち、ね。食べ物、着物、やるばかり、ダメでしょう。その人、神さまに祈る、これ、しなければ、なりません。これ、教えなければ、なりません」。こう言ってゼノさんは、白髪の美しいヒゲを傾けて、きれいな青い目で私を見た。ゼノさんの心は純粋だ。欲がない。安心できる人だ。私は早速、青い紙に、次のように書いてやった。「(前略)これは私の贈り物ではありません。神さまが、この品物の与え主です。私にではなく、神さまに心からの感謝の祈りをささげてください」
★当時、私は25歳で、結核を病み、修道院の一角で静養していた。私の隣がゼノ修道士の部屋であった。だから良くゼノさんは、私に書き物の頼みに来るのだった。いま、あの頃のことを思えば、よくぞ病気に耐えたな、と人生を感じる。ポーランド人の院長さんは、「司祭になる見込みの体力がないから、退会させるように」と勧めていた。ゼノさんから励まされた覚えはない。ただ「ゼノさんのように働ければ、な」とうらやんだ。私は、まだ生きている。冷たく、あしらわれても、悲観しないことだ。助ける、サマリア人は必ず現われる。
『トマさんのことば』。お礼文⑨京都、邦子さん。「物言わぬ冊子にやさしく見守られている気がしました。カバンに入れて、小崎さんに守ってもらいます」