2017年3月5日日曜日

人と人との和こそが幸せ。ホームの善しは決まる

先週、92歳のカトリック女性が亡くなって、葬儀・告別式が行なわれた。1人の人生が終わった。
★聞かされた話によると、外地で生まれて、終戦後に引き揚げて、ある福祉の施設で20年、別の心身障がい者の施設で15年あまり働いて、結婚はしなかったので、ホームへ希望をして入るときは、車を運転して来た。
★それから15年、ホームで生活する。歳を重ねていく毎に、自然と体力も弱り、杖をついたり、最後は部屋から出ることはなかった。今度は、若い男性、女性の介護職員からお世話をされる身となった。
★この女性の葬式にあずかり、祈るとき、こんな思いがアタマをよぎった。自分の生涯は、人を温かく介護する人生だった。それが晩年には、車を運転してホームに入ったのに、年を得るごとに、若い人から介護を受ける身となった。
★人の人生とは、このような「ふしぎ」な、与える、受ける、つながりで廻っているのではないか。「回帰」という言葉が浮かぶ。
★施設の善しあしは、建物の構造や、部屋の広さや、設備の良さや、食事や、浴場や、色々と条件はあろう。しかし一番の「善さ」は、介護する人と、介護される人との、人と、人の温かい家族的な触れ合い、和やかさ、信頼、感謝、そういった「和の心」にあるのではないだろうか。
★「いのちを生きる」とは、与えてきました、そして受けてきました、そこにあると思う。亡くなった女性の顔は、若々しく、美しく、この上なく安らかで、誰もが、「ほんとうに、きれかったねぇ」とささやきあった。