2017年1月2日月曜日

弱いニンゲンでも、聖なるものへの 憧れがある

ホームの食堂。舞台に飾られた「お正月」の風景です。食事のときは、琴の音の音楽が流れ、雰囲気は、「いつになっても、正月は、いいな」です。
★さて、正月に、何を思うか。2年2ヶ月になるホームの生活。以前は、「孤独」や「寂しさ」だったが、そのうち、「気力」や「やる気」が胸に覚えるようになった。
★今は、どうだろう?最近は、「神の導き・はからい」を、よく考える。今に至ったのは、自分の努力もあったろうが、すべては神の導き、計らいであった。
★人は、自分の能力や才能で、人生を切り開いてきた、と思っているだろう。そういう人は、「これは運命」と理解するだろう。
★私たちは、神が望まれて、この道を歩み、これまでの長い人生が、今に、つながっている、と思う。神の導きと、それに付け加えられた恵みがあった。だから苦しみがあっても乗り越えられたと、思う。
★「トマさんのことば」というのがあった。それを大切にしよう。例えば、人生で、大きな壁に、ブチ当たる。すると、そこには助ける人が、必ず居た。また苦難に、ブチ当たると、そこには助ける「善きサマリア人」が居た。だから、「今が、有る」。長い人生で、その流れを痛切に感じる「トマ」なんです。
★これから、どうなるのか。「み旨のままに、神さまの御望みで、導かれますように」そう、念じて、祈っております。自分がこの世に存在したのは、神の愛があったればこそで、それがイノチとして与えられた。どのような人でも、神の愛によって、生かされている。存在していることに、意味がある。役に立たない人など、誰も居ない。
★テレビで、「年越しの渋谷」の騒ぎなど見ていると、ある者が、奇妙な行動に走る。ノボセた「バカなこと、しているな」と思うけれど、人間には、誰しも、バカなことを「したい気持ち」はあるのです。それだけでない。「アクマにも、なりたい」時もある。それが人間の複雑なところです。
★自分の人生を振り返ってみても、バカなこと、アクマのこと、ありました。弱い人間です。だから、もう少し、ワクを広げて、目に見えるものだけでなく、真実は何か、見ようじゃないか。