2013年11月5日火曜日

むかし撮った写真に寄せて。海辺の祈り。真理の港へ

むかし、海辺の教会の写真を撮った。向こう側に、教会があって(よく見ないと、わからない)、それに添って、漁船が浮かんでいる。その手前には、女性たちが、捕れたサカナ「イリコ」を干していた。懐かしい写真だ。この風景は、忘れない。いつも、心に残っている。これには「海辺の祈り」と題をつけて、次の話を書いた。「フランスの青年が、フランスでも最もカトリック信仰が熱心なブルターニュ地方を旅した。ホテルの主人から、「海岸へ行って、漁師たちの出漁の様子を見なさい」と勧められる。見慣れた光景と思いつつも、海辺へ出てみた。すると漁師たちの信仰の深さに感動する。彼らは、出船にあたって、海岸にひざまずいて、祈るのであった。「おお、神よ、我が船は小さく、大海は広い。海のさなかにおいて嵐吹かば、わが船は必ず沈没せん。されば全能の神よ、我が小さき舟をまもり給え」。それを見た青年は、自分で祈りをつくって、唱えることにした。「全能の神よ、わが頭脳は小さく、知識は海の如く広い。かの海は、狂乱怒涛の如くして、我にとりて危うきなれば、神よ、我を守りて、安全に、真理の港へ導き給わんことを」。フランス青年は、その日、以来、「真理の港へみちびき給え」と祈りつづけた。それに応えて、神は、導き給うた。やがて、青年は司祭となり、日本へ宣教へきた。在日数十年、「巧みな日本語で、日本の文化人を魅了し、筆舌の活動をつづけたカンドー神父こそ、その人であった」。カンドー神父さまは著名な宣教師だった。「我々も、天国の港へ無事にたどり着けるようブルターニュの漁師に倣って、日々、祈り求めよう」