2013年11月4日月曜日

パソコンの調子が良くない。考えも、まとまらない。

連休の3日目になった。見学客が、少ない。寂しい思いをしている。資料室から、古い騎士誌を取り出してみた。1965年の騎士誌の合本だった。この年から、5年間、騎士誌の編集を手伝っている。当時、騎士誌の値段は、1部、15円。郵便料金が、6円だったから、実質、9円の騎士誌代だった。それでも、3万7千部発行されていた。子どもの頃から、家庭の新聞を作ったり、雑誌の編集に興味があった。だから、この頃から、毎号、身辺記事を書いている。編集長は、坂谷神父さん(故人)で、2人は気の合う仲だった。村岡神父さん(故人)の、クルマの事故を書いている。炭鉱の町・潜竜(せんりゅう)で、駅から少し外れたところに、トンネルがあった。トンネルを出たすぐのところに踏み切りがあった。その踏切で、クルマが汽車とぶつかった。鉄のカタマリの機関車に、50mも押されて、止まった。ふしぎなことに、きれいに押された格好で、横転していない。普通なら、横転か、跳ね飛ばされるのだが、クルマへの衝撃は、激しかった。機関車からクルマが外れない。おんぶされた形になっていた。枕木が3本、浮き上がって、ポッキリ折れる。「乗っているニンゲンは、大丈夫か」。村岡神父さんは、無意識のうち、アタマをモタ、モタと持ち上げて、がっくり、気を失った。40分たって意識が戻った。そのとき言った言葉が「やっぱり、汽車は、強かった」。警察署長は、神父さんにキツク説教したそうだ。「注意するんですぞ。神父さんだから、助かった。普通の人間なら、とても、命なんか、ありゃせん」