2013年9月26日木曜日

会の集まり、3日目。この若者の訪問は、忘れない。

1日じゅう、つづいた集会が、やっと終わった。最後は、ミサ。15分ほどの休みがあった。ホットしていると、1人の若者から呼ばれた。関西からの旅行者。「ここには教皇さまと、マザー・テレサが来たんですよね」「ハイ、そうです」「教皇さまの写真は資料室に飾ってあったが、マザー・テレサの写真がなかった」。そう指摘されて、苦しいまぎれの答え。「いい写真がないのです」。彼は「インドの施設を訪ねた」という。聖堂・玄関のソファーに、向かい合って、座った。「ここは初めて?」「ハイ」「きっかけは?」「遠藤周作の長崎巡礼の本です」。教会に興味があるという。さっぱりした表情の男性。「仕事は、なに?」と聞くと「少年院、勤務です」。ちょっと意外。更に聞いていいのかなあ、「大学は?」「一ツ橋」。格好良く思えたので、更に踏み込んだ。「卒論は、なんですか?」「ゼツボウ、です」。「ギョ」彼は、哲学者の名前を挙げたが、覚えなかった。男子・少年院に勤めて、9年。年期は入っている。「ジンセイ、一番、大切なことは、なんですか」。すると、「怒るにしても、ホメルにしても、愛情が大切です」「あなたの家庭は、恵まれていた?」「幸い、家庭は恵まれた」。話しているうちに、ミサが始まった。リッパなカメラに目がいく。「写真、撮って。ワタシも撮る」。アクシュして、別れた。「日記に載せるからね」。短い時間だが、心に残った。下の写真は、ミサの場面。カメラは、しっかり持っていたのだが、次の朝、カメラが手元に無いのに気づいた。「無い、ない」と、4つの部屋を、くまなく探したが、どうも、ない。★思いがけない、5つめの部屋から、見つかった。カメラの行方不明は、男性とは関係ないのです。