2013年6月20日木曜日

水浦久之さん、神に召される。81歳。文章書きの仲間

普通、長崎では、「信徒発見」という。水浦さんは、信徒が発見されたのでなく、信徒が「神父を発見した」のだと、「神父発見」という本を書いた。信者にとってみれば、それが確かだと思う。共感を覚える。200年間も、神父が居なかった。信者たちは、「神父は、ローマから来る」「独身である」「サンタ・マリアのご像を持ってくる」。この3つの印を、口づてに、子から孫へと伝えて、神父が来るのを待っていた。やっと来ました。喜びました。神父発見です。水浦久之さんは、仲のよい親友だった。物書きの仲間と言うかな。創作活動に熱心で、沢山の本を読み、作品を書き、文学グループに属して学んでいた。晩年はカラダを病んで、苦しい生活を耐えていた。小崎修道士に「色紙を描いてくれ」と頼んだ。「なんと、書くんだ?」「我に、成れ、かし」。どうぞワタシの身に成りますように、神のみ旨のままに。その心境だったのでしょう。水浦さんは、「新・神父発見」に、小崎修道士の病気の思い出を書いている。「彼の背中から出る膿(うみ)を、毎日、ぬぐってやった」と。その彼が、まだ生きている。ふしぎやな、と。