2013年6月28日金曜日

50年ぶりのAクン、メールをくれた。ヒトは独りじゃ、ないよ

今朝の祈り。「今日の、1日の出来事ななかに、神の導きを知り、カンシャすることが、できますように」。単純な祈りを捧げた。すると、1通のメールが入った。Aさんからです。「フェース・ブックで見ました。むかし、トマさんに、お世話になった」。住所と電話が記してあった。ああ、このAさん、覚えている。電話をかける。あの頃の思い出が、よみがえってきた。50年前になるよ。チャンバラ、やったね。算数や理科も教えた。Aさんは覚えていた。「理科の教材を見つけて、山をよく周りました」。なつかしいね。「ゲンキ、している?」。山の学校を卒業しても、単身、苦労をされたらしい。いまは、介護ヘルパーさんの世話になっているとか。もう、そんな歳か。覚えていて、連絡してくれる心が、うれしい。むかしのことは過去のこと、というが、イヤ、やっぱり、つながりがある。「Aさん、孤独じゃ、ないよ。ジンセイ、いつまでも、つながりがある。今度、東京へ行くので、会いたいね。うれしいだろうね。お互いに、笑った」。当時のアルバムを開くと、Aさんの集合写真を見つけた。「ああ、このカオ、忘れないよ」。山にいるとき、洗礼を受けた。ヨゼフ、という。ジンセイ、苦しみにも、苦労にも、すべて意味は、ある。それは神さまの導きだと知るから、意味があるのです。当時の、トマ手づくり新聞を開いて、Aクンの名前がないかな、と調べてみたら、あった。昭和38年、春。中3に、いろいろな係りが発足した。学習や衛生、事件係など。ほかの係に、クツしらべ係がある。それが「Aクン」の役だった。クツを失う下級生が多かったからね。覚えているかい