2013年1月19日土曜日

サザンカが咲く。冬の厳しさ、つづく。カゼ引くな。もう少し

この世に生まれたからには、どのように、豊かなジンセイを送るか。「豊かさ」の解釈は、人、それぞれで、その人の価値観によって、違いがあるだろう。その本人が満足した生き方になれば、それで良いと思うが、隠れた才能を伸ばすのも、課題でしょう。努力も要するが、芽を出さなければ、ジンセイ、もったいないと惜しまれる。また長いジンセイ、いろいろなことが起こる。ドロにまみれることも、あろう。心にキズつくことも、あろう。人間は完全ではない。見えるキズは恥ずかしくないが、見えない心のキズは記憶に痛みがある。むかしの汚れ、むかしのキズは、そのまま、胸の奥深く、秘めておこう。殊更、人前に、さらけ出す必要はないと思う。心にキズがないものは、他人の痛みに寄り添えない。サザンカが咲いて、ツバキが咲く。それから待ちどうしい春がくる。まだ、まだ、その日は、遠い。今日は、友人・修道士の命日だった。戦争が終わって間もなく、その頃は1月は寒く、雪が積もっていた。昼食を終わって、休憩のとき、雪合戦に戯れ、飛んできた雪ダマを避けようとして、カラダのバランスをくずし、崖から落ちた。体を痛めて、数日後に亡くなった。遠い日の悲しい思い出を、未だに忘れない。あの修道士の思い出は、残された者がジンセイの間、背負っていく。若くして、逝く者は惜しくもあり、悲しい。