2013年1月18日金曜日

「ひらめさんのコメント」。短文の中にも、温かいドラマ

1月15日のコメント「ひらめ」さん。次の文章を記してくださった。嬉しいでした。「前の騎士誌に、『いい雰囲気をつくると、いい恵みも生まれる』と書かれていた。今度は『親切な対応は、快い思い出を残す。出会いは神さまの恵み』。その恵みで出会ったご夫妻のご主人が再手術。祈りをささげるために、早起きして、いままで出たこともない朝ミサに出かけます。ご主人の年令は、たぶん修道士さんと同じ。お祈りください」。短い文章だが、ドラマが有るじゃないですか。様子が目に浮かぶようです。ご主人のために祈りましょう。さて、その騎士誌は、どれかな?と、一応、探してみたが、それらしき言葉は見当たらない。多分、活字の中から、意中を感じたのでしょう。次の「親切な・・」は、15日、金婚式の夫妻の記事と写真にあった。このように関心を寄せてくださって、「ひらめさん」有り難う。大いに修道士の励みになります。修道士は司祭では、ないから、いつも1歩、引き下がった気持ちで生きている。招待されることもない。それでも適した小さな役割は有るはずです。①ブログを書いて、自分をも見詰める。②聖コルベ館での見学者との出会い。座っていても、向こうから、入館してくる。③騎士誌に温かい記事を書いている。楽しみに読んでくださる愛読者もいる。この3つの小さな働きに、神の恵みも稔ってくる。だから喜びもあるし、使命もある。「生かされている、ありがたい」こう、なるのです。「ひらめ」さん。時には朝ミサで祈ってください。