2012年6月17日日曜日

信徒発見の直系の冥福を祈る。息子は5代目になっている

3年前に、亡くなった夫妻。お互いに、愛していた。2月に、ご主人の秀雄さんが、90歳で神に召されると、6月に、奥さんのツギ子さんが、86歳で亡くなった。2人は長崎市の浦上、大橋の傍に住んでおられた。男の子どもさんが、2人いる。その子どもさんが、両親の3年忌を行なった。参加しました。浦上天主堂で、ミサを祈る。白山墓地で、お祈りする。そしてガーデンテラスで会食があった。この夫妻については、大きな物語がある。信徒発見に関係する出来事です。発見のきっかけになったのは、大浦天主堂を訪れた浦上キリシタンたちで、そのなかの、イザベリナ・ゆり(姉)、クララ・テル(妹)の2人が、プチジャン神父に問いかけた。「サンタ・マリアのご像は、どこ?」。これが有名な信徒発見になった。さて、その子孫は、どうなったか。ゆりの子孫は絶えてしまったが、クララ・テルの子が、今につながっている。テルばあさんの子が三八(さんぱち)で、次の子が、三ヱ門となり、その子が、秀雄さん(写真・右)である。だから秀雄さんは、テルばあさんから、直系の4代目となる。左は奥さんのツギ子さん。私も祈りに、会食に参加した。修道士の服を着ているから、私が先唱して奉仕した。お役に立って嬉しい。秀雄さん、ツギ子さんも天国で喜んでくれたであろう。私が秀雄さん夫妻と知り合ったのは、1965年、信徒発見の100周年のときだった。それからご縁ができて、秀雄さんは8mmカメラの専門家、後にビデオの制作者となる。沢山の作品を残した。私と、秀雄さんは、2人で、京都から長崎まで、車で、日本26聖人の歩いた道を巡礼し、毎晩、ゆかりの教会で映画を行なった思い出もある。温厚なご主人だった。夫妻は本当に仲がよかった。いつまでも、このご夫婦のことは覚えている。