2012年6月9日土曜日

やっぱり、いいなァ、聖堂の朝。恵みの朝だよ

朝、5時半に起きる。聖堂で、皆さんと一緒に、大きな声で、祈る。心底から、喜びと、やる気が湧いてくる。またイノチをつないだ。生かされたからには、何かの意味があるはずだ。怠けるな。定刻に、聖コルベ館を開ける。「さあ、いらっしゃい」★「アンタは、パウロたい」と、入院中、見舞いに来た女性が言った。「なんだよ。オレは、パウロじゃない。ペトロでもない。トマだよ」。すると女性が説明するには、「パウロは、主と共に有る人だが、一生涯、沢山の苦しみがあった。1つの苦しみを乗り越えると、また苦しみがくる。その苦しみは、すべて主に捧げたものとはいえ、苦しみは次から次へと来る。それと同じ、パウロといっしょたい」と言うのだ。恵みを、もらった。他に、愛を、人に与え尽くすことが出来る。他の人は、わからない。苦しみは、他に出さない。自分の苦しみは、他の人には分からないようにして、人に愛を与えていく。そんな人になりたい者です。