2012年4月21日土曜日

心に残る出会いを体験して、日々充実して生きよう

騎士誌5月号の私の記事に、この写真を載せました。載せるに当たって、写真に何と説明をつけたらいいか、考えました。「やあ、皆さん、いらっしゃい。どこの幼稚園ですか。いい子になってくださいね」。そのように書くのは、簡単で平凡です。満足しません。アタマをひねって記した説明が、次の如くでした。「生活における出会いを大切にしよう。いい雰囲気を作ると、いい恵みも生まれる。人の記憶はいつまでも残る」。いい説明じゃないですか。入院中に、日記を書くと、真っ先にコメントを入れる女性がいます。「元日のエリザベト」さんです。一文に、こんなのが有った。「修道士さんは、ボヤイたり、落ち込んだり、気持ちに浮き沈みがあって、正直だから、人間らしくていいのです。いつも立派なことばかり言っても、人は付いてこない。困難をすり抜けた時の、キラリと光る一言が、たまらないのです」。ピッタシ、これですよ。ただ状況を説明するだけでは意味がない。「キラリと光る一言」。これが常に欲しいのです。人は多くのナリワイを知らなくても、一つの小さな生き甲斐で立派に生きていけます。それから入院中に数枚の手紙が来ましたが、その中に、こんなのがあった。「騎士5月号の『生活における・・・残る』の一節に、心動かされました、と言うのです。「3月末、父をふくめ4人で長崎巡礼の旅に出かけました。その先々で出会った方々、殉教された先輩信徒の後ろ姿に、この言葉を重ねて、深く感じ入りました。巡礼の出会いは、私の心の宝、いつまでも記憶に残るでしょう。私も、作り出せる人になれますように」(山口県・真理子)