2018年5月14日月曜日

マチアさんを思う日。騎士誌を配る修道士だった

聖マティア使徒の祝日。朝の聖務で祈るとき、ポーランド人の修道士、マチアさんを思い出した。長崎市内で、聖母の騎士誌を配っていた。「コルベ神父サマ、クバリ、マシタ。ゼノサン、クバリ、マシタ。イマ、ワタシ、クバリマス」。テレビも追いかけて、当時は長崎の風物詩になっていた。
★マチアさんは、修道院では最初、牛を飼っていた。大きな篭を抱えて、大きな体でルルドの山へ草刈に行く。牛乳をしぼった。他に、パン焼きの係りでもあった。マチアさんのパンは、それは美味しかった。食料が少ない時代だからね。小神学生の私たちは、パン焼き家から、大きなパンを両脇に抱えて、炊事場のカシアノ修道士へと運んだ。時代は変わって、牛乳も、パンも町から調達して、マチアさんは失業した。それから騎士誌を抱えて毎日、市内へ配布に出かけた。「読みタイ、デスカ。欲シイ、デスカ」。マチアさんの顔を見て、献金する善男善女も中には居る。修道院の会計は喜んだ。
★マチアさんについて、1つの思い出がある。ポーランドへ行ったとき、マチアさんの実家を訪ねた。不便な田舎の村だった。兄弟姉妹、親戚が寄って来たので、録音機で、ポーランド語を収録した。長崎の修道院では、食堂で、私の隣の席がマチアさんだった。喜んで貰えると、家族の録音を聞かせると、以外にも、マチアさんは顔の表情をゆがめて、「聞きたくない」態度を強く示した。「もう故郷は、遠くに離れている。いま、マリアさまのため、がんばる」。私の心には、そう伝わった。「ごめん、ね。マチアさん」